「Wikipedia:コメント依頼/Aitok I」の版間の差分

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==コミュニティからのコメント==
==コミュニティからのコメント==
* {{コメント}} 柒月例祭さんがうまくまとめられていますし、内容に全面的に賛同いたします。私も、Aitok Iさんは、2018年7月にアカウントを取得されたばかりの新規ユーザーさんであると、はじめの頃は思ってましたが、[[利用者:Aitok I|ご自身のユーザーページ]] によると、アカウント取得以前には、IPユーザーとしての活動が、最も古いものだと2009年からあります。 [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/61.114.204.10 61.114.204.10]、[https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/61.213.80.7&dir=prev&target=61.213.80.7 61.213.80.7]。ただし、2009年、2013年頃の活動はそれほど多くはありません。2016年頃からは、活発に活動されているのが確認できます。そのせいか、Wikipediaの編集方針もよくご存知であり、新規ユーザーらしからぬ編集活動も多くみられます。つまり、ある意味、ベテランユーザーとみなすこともできるかな、と思います。
:ただし、編集活動が、Wikipidiaの方針に合致しているように思えず、ご本人の会話ページや、ご本人が提案されたノートページなどで、何人もの編集者から、意見を受けられてますが、あまり気にされてないようで、基本的な変化は見られませんし、これまでの議論の結果でみられるように、Wikipidiaの編集方針等を身につけられるまでには、相応な時間が必要だと思います。よって、方針を身につけるための一定期間のブロックは妥当であると考えます。コミュニティを疲弊させるユーザーとしてのブロックでもよいかと。さらに、現状のような編集強行が継続すれば、暫定的な短期ブロックにも反対いたしません。--[[利用者:Siwamura|Siwamura]]([[利用者‐会話:Siwamura|会話]]) 2018年7月31日 (火) 05:39 (UTC)

2018年7月31日 (火) 05:40時点における版

利用者:Aitok I会話 / 投稿記録 / 記録さんに対するコメントを依頼します。

ポイントは下記のとおりです。

アカウント

利用者:Aitok I会話 / 投稿記録 / 記録は以前からIPで編集していたことが伺えます。

主要な論点

日本書紀への偏向

「正史である『日本書紀』の表記で統一することが望ましい」
「古事記』ではなく正史である『日本書紀』の表記が適当」
『日本書紀』は官撰の正史であり朝廷が認めた正統歴史書である 『古事記』は正史ではない
文献による出典がある記述を、「日本書紀の記述からは判断不能」として除去
「欠史八代のため実在しないと考えられている。」の除去
被依頼者は「無出典」といって除去しており、一見すると問題がないようにみえます。
ですが、本記事には一切出典がありませんから、「出典がない」から除去というなら記事全体が除去されることになります。しかし被依頼者は、実在性を疑問視する記述だけを除去して他を残しており、結果として実際に存在したことが確定的であるかのような状態となっています。
この人物は『古事記』にのみ名前が登場し、『日本書紀』には登場しません。
この人物の兄は『古事記』では多芸志美美命、『日本書紀』では手研耳命として登場します。
改名提案や合意形成を経ずに岐須美美命研耳命独断で改名しました。
『日本書紀』は正史であり、そこでの表記が正式名称である
この発言では様々な文献で表記ゆれを列記しつつ、「『先代旧事本紀』は偽書である」などと独自で「考察」し、『日本書紀』式の「媛蹈鞴五十鈴媛命」が適当と結論づける。
『古事記』に「火須勢理命(ほすせり)」として登場する神です。『日本書紀』には「火闌降命(ほすそり)」と「火酢芹命(ほすせり)」が登場します。
「火須勢理命の名では『古事記』にのみ登場」という記述を除去したり、、日本書紀の2神と古事記の1神との関係性、出典のある分析的な記述を出典ごと除去しました。
そのうえで、日本書紀を根拠としてホノスセリへの改名を提案しました。
『古事記』の「火須勢理命」と『日本書紀』の「火闌降命」の関係性の記述が火照命にあると指摘されると、今度は火照命を編集し古事記による創出である旨を除去し、『日本書紀』の火闌降命・火酢芹命に相当する旨の記述に改める。この編集には出典が示されていません。

腕ずくでの行動

ルールの悪用

  • あるときは「無出典」といって都合の悪い記述を除去したり、別のときには都合の良い記述を無出典で書き加えたり、さらには出典がある記述を除去するなどして、様々な記事を自分の都合のいいように改ざんしています。
  • Wikipedia:ページの改名には「議論中の分野での改名は控えるべき」とは書かれていない、として、議論中の分野での改名を多発させています。
  • プロジェクト‐ノート:神道では、「敬称は中立性を損なう」「敬称はWikipedia:記事名の付け方#人名で「原則無し」となっている」を根拠に、一律除去を主張しました。ところが同時に、ヒメタタライスズヒメでは「敬称」である「命」をつけた媛蹈鞴五十鈴媛命への改名を主張。こちらでは「『日本書紀』が正式名称」だなどの主張を行っています。
  • 「1週間以内に異論がなければ合意成立」という文言をたてにとり、すでに多くの反対があるにも関わらず、各所で被依頼者の発言を最後に1週間コメントが途絶えたことで自説が通ったとするかのような言動を行っています。

いつまでも納得しない

  • 信頼できる情報源で「手研耳の反逆」という表現が見当たらないことを指摘されると、「漢字表記が正式名称だ」と言い出しました。
  • これも退けられると、今度は「タギシミミの反逆には特筆性がない」と言い出し、特筆性検証依頼を出し、特筆性を証明できなければ削除だと言い始めました。

コミュニティ・他利用者の軽視

  • 自身は方針に基づく改名根拠を示していないにも関わらず、他者の意見を「根拠がなく無効」などとしています。
  • 被依頼者は、会話ページ(#除去につきまして)で、出典のない記述の除去であっても慎重に行うよう、複数の利用者から、繰返し要請されました。しかし「議論の余地はない」「方針理解が間違っているのは貴方の方だ」などと主張し、はねつけています。
  • これらのやりとりの後も、被依頼者自身は各地で出典を示さずに加筆していることはすでに示したとおりです。

依頼者コメント

依頼者(利用者:㭍月例祭)は当初、被依頼者はアカウントを取得したばかりで、各種方針に不慣れなんだろうとか、方針類の一部分に過度にこだわるWP:BUROなど、新人編集者におこりがちなことだろうと考えていました。

しかし議論が各所に飛び火し、被依頼者の各地の編集や言動も確認してみると、「日本書紀に対する偏向・原理主義」みたいなものを動機として、各地でその場その時に応じてルールの悪用をしていること、他利用者に対する敬意を著しく欠く言動が甚だしいと考えるに至りました。(敬意というのは、「尊敬してへりくだれ」というのではなく、他利用者も自分と対等であるとして振る舞えということです)

7/30には岐須美美命の独断改名を行ったことで、「議論でコミュティを疲弊させる」状態から、「腕ずくで自分好みに改ざんして押し通る」状態へ、状況が悪化したと考えています。

被依頼者に対しては、第一には他利用者・コミュニティへの敬意を持った言動・節度ある振る舞い、各種方針やウィキペディアでの基本姿勢を理解していただく必要があると考えます。がしかし、すでに各地の議論で示されたように、今すぐには実現が難しいようにもみえます。方針理解のための一定期間のブロックも必要と考えています。さらに「腕ずく」行動もみられるようになり、これ以上独断での記事破壊を抑止するために暫定的な短期ブロックも視野に入っていると考えています。--柒月例祭会話2018年7月31日 (火) 04:24 (UTC)[返信]

被依頼者コメント

コミュニティからのコメント

  • コメント 柒月例祭さんがうまくまとめられていますし、内容に全面的に賛同いたします。私も、Aitok Iさんは、2018年7月にアカウントを取得されたばかりの新規ユーザーさんであると、はじめの頃は思ってましたが、ご自身のユーザーページ によると、アカウント取得以前には、IPユーザーとしての活動が、最も古いものだと2009年からあります。 61.114.204.1061.213.80.7。ただし、2009年、2013年頃の活動はそれほど多くはありません。2016年頃からは、活発に活動されているのが確認できます。そのせいか、Wikipediaの編集方針もよくご存知であり、新規ユーザーらしからぬ編集活動も多くみられます。つまり、ある意味、ベテランユーザーとみなすこともできるかな、と思います。
ただし、編集活動が、Wikipidiaの方針に合致しているように思えず、ご本人の会話ページや、ご本人が提案されたノートページなどで、何人もの編集者から、意見を受けられてますが、あまり気にされてないようで、基本的な変化は見られませんし、これまでの議論の結果でみられるように、Wikipidiaの編集方針等を身につけられるまでには、相応な時間が必要だと思います。よって、方針を身につけるための一定期間のブロックは妥当であると考えます。コミュニティを疲弊させるユーザーとしてのブロックでもよいかと。さらに、現状のような編集強行が継続すれば、暫定的な短期ブロックにも反対いたしません。--Siwamura会話2018年7月31日 (火) 05:39 (UTC)[返信]