柳田館

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座標: 北緯39度31分44秒 東経141度06分08秒 / 北緯39.52880374721度 東経141.1023120406度 / 39.52880374721; 141.1023120406

柳田館の位置(岩手県内)
柳田館
柳田館
柳田館の位置

柳田館(やなぎだたて)は、岩手県紫波郡紫波町片寄に所在した日本の城。別称 片寄城、吉兵衛館、中野館。

概要[編集]

柳田舘は従来「吉兵衛館」、あるいは「中野館」と伝承され、柳田館の名称は所有者の屋号により、「柳田」所有の館跡として呼称されるものである。

東北自動車道建設に伴ない東館の大部分と北・南館の一部の発掘調査は1975年1976年の二次にわたり実施された。町指定史跡。

安倍道や奥大道などの古道を見下ろせる丘陵上にあり、東・南・北の3郭からなり、本丸にあたる南館は南西の頂部400m×200mの規模[1]鞍部を挟んで、北館の平坦地に連なっている。

沿革[編集]

斯波郡主斯波氏の戦国武士片寄氏の本拠地(「志和軍戦記」)。

天正16年(1588年)斯波氏の滅亡ののち、中野康実南部信直より片寄3000石を賜わり、片寄修理と称す(「奥南旧指録」ほか)。

天正20年(1592年)の諸城破却書上には、「糠部郡之内 片寄 山城 中野 修理 持分」と記されている。

慶長17年(1613年)修理康実の子、正康の代に至って郡山城に移っている。

紫波地方における城館は、明確な遺構の判明していない伝承される館祉や文献に記される館城について史料は極めて少なく比定できない例がある[2]

脚注[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]