林晋太郎

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林 晋太郎
名前
カタカナ ハヤシ シンタロウ
ラテン文字 HAYASHI Shintaro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1980-01-13) 1980年1月13日(44歳)
出身地 千葉県船橋市
身長 170cm
体重 65kg
選手情報
ポジション GK
利き足 右足
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

林 晋太郎(はやし しんたろう、1980年1月13日 - )は、千葉県船橋市出身のサッカー指導者。

来歴[編集]

2004年外務省の事業である日墨交流計画生の一員で1年間、メキシコに留学してスペイン語を習得。帰国後は2006年4月より、日本サッカー協会が新しく立ち上げた選手育成プロジェクトJFAアカデミー福島男子スタッフに就任し、2012年3月までの6年間を活動する。 その間も、2005年より日本国内で行われたFIFAクラブワールドカップでは、2005年サプリサ、2006年FCバルセロナ、2007年ボカ・ジュニアーズ、2008年リガ・デ・キト、2010/2011モンテレイ[要曖昧さ回避]などのリエゾン(連絡員)を務め、主に通訳の仕事でチームの調整役を担った[1]2012年、JFAアカデミー福島を退任後は、AC長野パルセイロのGKコーチに就任。 2013年薩川了洋小湊隆延と共にFC琉球に移り、GKコーチを務めた[2]2014年大分トリニータのGKコーチに就任[3]。2年目の2015年には大分サポーターによって林個人の応援チャントが作成され、ピッチ内練習時にゴールキーパーのチャントと共に歌われた。しかし監督交代の影響を受ける形で同年6月2日にGKコーチの職を解かれ、6月15日に大分を退団する事も発表された。

2016年からは、同年2月より新設された本田圭佑プロデュースのサッカークラブSOLTILO CHIBA FCのユース&ジュニアユースのGKコーチに就任し、ユース監督には、本田圭佑と名古屋グランパスに同期入団、その後は横浜FC/松本山雅などで活躍した須藤右介、ジュニアユース監督には、本田圭佑と星稜高校時代の同級生込山和樹等と共に活動する。クラブ創設後は、ユースの「KCYカップ]優勝、ジュニアユースの[千葉県クラブユース1部リーグ]昇格、[関東クラブユース選手権U15]初出場などクラブの歴史を築き、2022年1月末でクラブを退団することが発表された。 2019年には、東京国体女子サッカーのGKコーチを務め、第74回国民体育大会(いきいき茨城ゆめ国体)本大会に出場し、チームは5位入賞を果たしている。 2021年9月、日本サッカー協会100周年記念事業にてJFAアカデミー福島での活動の功績から特別功労表彰を授賞する。

所属クラブ[編集]

指導歴[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]