松平知清

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
松平知清
時代 江戸時代中期
生誕 天和2年11月12日1682年12月10日
死没 享保6年閏7月10日1721年9月1日
戒名 万丈院殿竜湛英門大居士
墓所 東京都豊島区駒込の泰宗寺
官位 従五位下主殿頭
幕府 江戸幕府
主君 徳川家宣家継吉宗
陸奥白河新田藩
氏族 越前松平家支流前橋松平家(結城家)
父母 父:松平直矩
兄弟 基知宣富知清本多忠貞
堀田正親正室ら
側室:本多氏
義知宗矩長煕松平基知養女
テンプレートを表示

松平 知清(まつだいら ちかきよ)は、江戸時代中期の大名陸奥国白河新田藩初代藩主。官位従五位下主殿頭

生涯[編集]

天和2年(1682年)、陸奥白河藩主・松平直矩の四男として誕生。

父の死後、家督は兄・基知が継いだが、正徳2年(1712年)3月に兄から1万石を分与されて、白河新田藩主となった。また、兄から偏諱を授かって知清と名乗った。

享保6年(1721年)閏7月10日に死去した。享年40。跡を長男・義知が継いだ。

系譜[編集]