松平俊子

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松平 俊子(まつだいら としこ、1890年(明治23年)10月 - 1985年(昭和60年)5月)は、明治時代の華族侯爵鍋島直大の六女。生母は側妾。伯爵松平賴壽の弟・海軍大佐松平胖と結婚した。賴壽の跡を継いだ伯爵松平頼明公族李鍵公誠子らの母である。

来歴[編集]

関東大震災後の昭和5年(1930年)に、「市民の謝恩心伝える優雅なる英語が話せる良家の子女」として選ばれた5名の女性(芦野きみ徳田純子佐藤美子松平佳子中村桂子)の監督者として遣米答礼使に随行し、アメリカに派遣された[1]

脚注[編集]

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