服部正 (構造エンジニア)

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服部 正(はっとり まこと、1926年8月7日 - 1983年1月29日)は、日本の建築構造エンジニア工学研究者。株式会社構造計画研究所を創業。建築物の構造計算にコンピュータを日本で初めて導入した。また、大学の研究を構造設計事務所技術コンサルティングビジネスを確立し、活躍した人物。工学博士。東京都港区青山生まれ。

経歴[編集]

1951年東京工業大学建築学科卒業。谷口忠教授のもとで建築構造解析を専攻する。 卒業後は日本電信電話公社建築局に就職。その後東京工業大学に戻り無給の助手。夜間高校教員をしながら研究に勤しむ。1956年、服部正構造計画研究所を設立。同研究所は1959年には株式会社構造計画研究所に改称。熊本城の再建等の一連の城郭建築の構造設計を担当し、電子計算機活用の必要性を強く感じる。1960年に米国を視察、イリノイ大学ニューマーク教授の元を訪れ、構造工学への電子計算機導入を決意。通産省に計算機輸入の許可申請を提出し、1961年から、真空管式電子計算機IBM1620を導入、モジュール・プログラミングという手法を独自に編み出し、コンピュータによる構造解析を受託開始。以降は構造解析用言語を開発。1966年、坂倉準三らと高速道路料金ゲートなど高速道路諸施設を手がける。1975年、藤本盛久須藤福三らと日本建築学会に電子計算機利用懇談会を発足させる。同懇談会は1978年に電子計算機利用委員会へと発展した。

また、1960年代末からは、富士通池田敏雄常務と連携し、国産コンピュータの生産にも寄与。当時、通産省の平松守彦らとミニコンピュータ国策会社を設立。米国Data General社の日本での生産をシャープの佐々木正、タケダ理研の武田郁夫らと設立。1971年には、ソフトウェア技術の日本での確立を目指して、日本ソフトウェア産業振興協会の会長として、ソフトウェア業の産業育成を主導した。1969年多摩美術大学建築科で教えた[1]

著書に、コンピューターによる構造数値解析法(建築構造学大系 8、彰国社)、システム建築論 : 建築における情報システム(現代の建築論、主集建築論. 建築雑誌 1972年7月. 社団法人日本建築学会)、構造設計プログラミング入門 (1969年) 、など。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 新建築1968年5月号 構造計画ノート/Information Retrieval 服部正 建築生産の近代化ノート
  • 服部正 『コンピュータ飼育術』朝日新聞社 1971年
  • 『いつでも夢を』富野 壽 文藝春秋社 2009年