有馬広寿

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有馬 広寿(ありま ひろかず、天明元年7月29日1781年9月17日) - 文化11年6月29日1814年8月14日))は、江戸時代高家旗本松平直泰の十一男。初名は直村。通称は久米之丞。官位は従五位下侍従・修理大夫。

播磨明石藩主松平直泰の十一男として誕生する。なお、高家旗本中条信徳は実兄である。享和元年(1801年)6月7日有馬広春末期養子となる。同年9月5日養父広春の死去により、家督を相続する。文化6年(1809年)4月24日、高家職に就き、従五位下侍従・兵部大輔に叙任する。後に修理大夫に改める。文化11年(1814年)6月29日死去、34歳。

先代:
有馬広春
高家有馬家第4代当主
1801年 - 1814年
次代:
有馬広憲