山田長三郎

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山田 長三郎(やまだ ちょうざぶろう、1887年1月1日 - 1935年10月5日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大佐。兵務課長。

略歴[編集]

栄典[編集]

相沢事件[編集]

1935年8月12日に発生した相沢事件において、殺害された永田鉄山軍務局長と、東京憲兵隊長新見英夫大佐と共に在室していた。新見大佐は、永田をかばって相沢三郎中佐に斬りつけられ、重傷を負ったが、山田大佐は局長室から姿を消していた。そのため事件後、軍内部及び世間から批判を受け、山田は事件から約2ヶ月後の10月5日に「不徳の致すところ」という遺書を残し、自宅で自決した。

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第7701号「叙任及辞令」1909年3月2日。
  2. ^ 『官報』第8608号「叙任及辞令」1912年3月2日。
  3. ^ 『官報』第1389号「叙任及辞令」1917年3月22日。
  4. ^ 『官報』第2913号「叙任及辞令」1922年4月21日。
  5. ^ 『官報』第151号「叙任及辞令」1927年7月1日。

参考文献[編集]

  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。