尹雄烈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
尹雄烈
別技軍左副領官
Yun Ung-ryeol 1880.jpg
尹雄烈(1880年頃)
本貫氏派 海平尹氏
没死地 大日本帝国の旗 日本統治下朝鮮京畿道京城府
埋葬地 忠清南道牙山郡温陽邑
京畿道平沢郡彭城面客舍里芙蓉山
忠清南道牙山郡屯浦面
配偶者 全州李氏
金貞順
子女 尹慶姫尹致昊尹致旺尹致昌

尹 雄烈(ユン・ウンリョル、いん ゆうれつ、1840年5月18日 - 1911年9月22日)は、李氏朝鮮末期から大韓帝国にかけての軍人政治家。父は尹取東。弟は尹英烈。子は尹致昊尹致旺尹致昌

開化派に属して甲申政変春生門事件に加わった。

死後は親日反民族行為者に認定された[1]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ `친일 반민족행위자' 106인 명단” (朝鮮語). 한경닷컴 (2006年12月6日). 2022年7月25日閲覧。

参考文献[編集]

  • 梁賢恵 『尹致昊と金教臣 その親日と抗日の論理―近代朝鮮における民族的アイデンティティとキリスト教』新教出版社、1996年。ISBN 4-400-42627-0 

外部リンク[編集]

尹雄烈(左、1904年)