小柴保人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search

小柴 保人(こしば やすと、安政6年1月2日1859年2月4日) - 大正13年(1924年5月9日)は日本の工学博士。第二高等中学校(現東北大学教養部)教授。旧制鹿山中学校(現在の千葉県立佐倉高等学校)を経て東京大学理学部(土木科)卒。土木学会会員。

経歴[編集]

  • 1859年、千葉県に生まれる。
  • 1880年、東京大学理学部(土木科)卒業。
  • 1880年、内務省土木局入局、宮城県、岩手県で北上川改修工事に従事
  • 1886年、第二区(仙台)土木監督署の巡視、沖野忠雄巡視長の代理を務める。
  • 1890年、第二高等中学校(現在の東北大学教養部)教授に就任。
  • 1891年、第三区(新潟)土木監督署長。
  • 1905年、官制改正:新潟土木出張署長。
  • 1911年、土木局調査課長。

娘梅子は、22歳で、1923年の第六回国際労働会議に、政府代表婦人問題顧問石原きよの随員として出席。

栄典[編集]

位階
勲章

主な著作[編集]

  • 新潟港改修と港口の浚渫(1915年)
  • 内務省直轄河川計画概要(1917年)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『官報』第1031号「叙任」1886年12月6日。
  2. ^ 『官報』第2536号「叙任及辞令」1891年12月11日。
  3. ^ 『官報』第4051号「叙任及辞令」1896年12月28日。
  4. ^ 『官報』第5243号「叙任及辞令」1900年12月21日。
  5. ^ 『官報』第6450号「叙任及辞令」1904年12月28日。
  6. ^ 『官報』第124号「叙任及辞令」1912年12月27日。