小柳津林太郎

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小柳津 林太郎(おやいづ りんたろう、1981年10月2日 - )は、日本実業家京都府出身。

経歴[編集]

1981年、京都の医者の家系に生まれ、6歳から14歳までニューヨークで過ごす。PL学園高等学校[1]を卒業後、浪人を経て、慶應義塾大学経済学部入学[2][3]

大学卒業後サイバーエージェントに入社。入社3年目で子会社CyberXの代表に就任。[4] 2012年にはアメリカ子会社の立ち上げを牽引した[3]。その後、サイバーエージェントSGE統括室室長に就任。

2018年、Amazon Prime Videoバチェラージャパン』に2代目バチェラーとして出演した[3][5]

同年AbemaTVへ転属し、AbemaTVアナウンス室部長[6]、マキシマイズ室、次世代プロデュース室を兼任[2]

人物[編集]

大学時代は慶應大学英語会―ドラマ部門に所属した。舞台での経験は、卒業後の進路の決断に大きな影響を与えた。舞台役者やMC、俳優への道も選択肢として考え、テレビ局アナウンサー試験も受けた。就職活動が始まり、サイバーエージェントの代表・藤田晋との面接の際に「僕は表現者として大成したい」と語った。藤田は「経営者もりっぱな表現者だよ。仕事を通じて組織や社会に自己表現すればいい。」と語り、この言葉が小柳津の心と人生を動かした。

子会社設立時に社員のブレインストームや慰労場所も兼ねて、都内3階建ての住宅に居住している。

バチェラー出演以降は、自社メディアへも積極的に出演。小柳津自身はアナウンサーではないがAbemaTVアナウンス室部長も兼任。「今日好きになりましたシーズン10」では番組MCを初担当する。アナウンサーの新しい形を模索し、所属アナウンサーにはテレビ朝日アスクでの研修など基礎を学ばせる以外に、自身の経験からウェブ媒体を含む他局出演[7]を許可している。

バチェラーの番組の中で最終的にイラストレーターの倉田茉美を選んだが[2]、同年9月28日には双方は別々の道を進むことを発表している[8]

出演[編集]

ウェブテレビ[編集]

テレビ[編集]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ 小柳津林太郎(2代目バチェラー)の走り続ける理由 【前編】「生まれて初めて腹筋を割ることに成功したバチェラー前夜」”. 2018年10月30日閲覧。
  2. ^ a b c 2018年8月7日、AbemaTV「AbemaPrime」
  3. ^ a b c 【バチェラーカップルインタビュー】小柳津林太郎&倉田茉美の今を聞く「結婚は?」「幸せな瞬間は?」「キスは?」「ラブラブでいる秘訣は?」”. モデルプレス (2018年7月23日). 2018年8月11日閲覧。
  4. ^ 株式会社CyberX代表取締役社長 コミュニケーションディレクター 小柳津 林太郎”. 情熱社長. 2018年8月11日閲覧。
  5. ^ ついに完結したAmazonプライム・ビデオ「バチェラー2」勝者予想は当たった?外れた?”. @DIME アットダイム (2018年7月20日). 2018年8月11日閲覧。
  6. ^ “小柳津林太郎『次世代アナウンス室』” (日本語). 小柳津林太郎オフィシャルブログ「小柳津林太郎のReality de show」Powered by Ameba. https://ameblo.jp/spotlight/entry-12376775126.html 2018年10月4日閲覧。 
  7. ^ コマーシャルなども含む
  8. ^ “バチェラー2代目カップルが破局「心友のような関係に変わっていきました」” (日本語). AbemaTIMES. https://abematimes.com/posts/4951619 2018年10月1日閲覧。 
  9. ^ “サイバージャパンダンサーズのKANAEがうっとり! 歌舞伎町No.1ホストの秘技「香りの重ね着」とは?” (日本語). AbemaTIMES. https://abematimes.com/posts/4843194 2018年9月9日閲覧。 
  10. ^ 人物紹介 その他の登場人物|NHK連続テレビ小説『半分、青い。』” (日本語). 連続テレビ小説『半分、青い。』. 2018年10月21日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]