小林宗作

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小林 宗作(こばやし そうさく、本名:金子宗作1893年6月15日 - 1963年2月8日)は日本のリトミック研究者・幼児教育研究家。群馬県吾妻郡岩島村(現・東吾妻町)出身。東京音楽学校乙種師範科(現・東京芸術大学音楽学部)卒。

概要[編集]

大正自由教育運動の中で、就学前・初等教育の段階にある子供たちに、より自由で芸術的な音楽教育を受けさせることを志向し、小学校教員を務める傍ら、二度のヨーロッパ留学で幼児教育・音楽リズムと造形リズムの関係・音楽と体操の結合について研究し、成果を日本の教育界に紹介した。1937年より、自分の理想をもとに、リトミックを教育基盤に置いた学校として幼小一貫校トモエ学園を運営したが、同学園は東京大空襲で校舎を焼失し、小学校は廃止された。戦時中は茨城県土浦の海軍少年飛行隊でリズムや音感の訓練教育を担当していたことがある。戦後は残された幼稚園の経営と、国立音楽大学での初等教員養成と附属学校の整備に力を注いだ。

日本におけるリズム教育・音響教育・ピアノ教育・総合リズム教育をひらいた人物であり、各方面からの評価は高い。

家族[編集]

昭和初期に長姉が嫁いだ金子家の養嗣子になっているが、仕事や著作活動では旧姓の小林を用い続けた。また、次兄も群馬師範学校を卒業し、群馬や東京の小学校教員・校長を歴任するなど宗作と同じ道を歩んだが、教育観の相違からか、二人は頻繁な交流にも関わらず、しばしば対立することがあったという。

なお、宗作は長男の名前にも、学校と同じ「巴」を付けている。

略歴[編集]

教え子[編集]

演じた人物[編集]

参考文献[編集]

  • 佐野和彦『トットちゃんの先生 小林宗作抄伝』話の詩集、1985年

関連項目[編集]