富山カントリークラブ
| 富山カントリークラブ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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富山県富山市万願寺1 北緯36度35分14.4秒 東経137度14分23.3秒 / 北緯36.587333度 東経137.239806度座標: 北緯36度35分14.4秒 東経137度14分23.3秒 / 北緯36.587333度 東経137.239806度 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 開業 | 1971年(昭和46年)8月13日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 運営者 | 株式会社富山ゴルフ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 神通コース | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 公式サイト | 富山カントリークラブ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
概要
[編集]1970年(昭和45年)1月、船峅丘陵開発の一環として富山スポーツ振興協会から上新川郡大沢野町(現・富山市)にスポーツ公園を兼ねたゴルフ場建設のための用地斡旋が行われた[1]。
その後、株式会社富山ゴルフ(1970年(昭和45年)7月に設立[2]、北日本新聞社の関連会社[3])によって1971年(昭和46年)5月10日に土地買収の仮調印が行われて着工し[4]、同年8月13日に富山県内では呉羽カントリークラブに続く2番目のゴルフ場として開場[5]、同年8月16日に正式にオープンした(なお、開業当時の住所は上新川郡大沢野町であった)[4]。
1976年(昭和51年)に現在の27ホールに増設され、1992年(平成4年)には、クラブハウスを新築、2002年(平成14年)には全コースでリモコン乗用カートを導入[5]、2018年(平成30年)6月には、GPSカート・ナビゲーションシステム導入している[2]。
長引く不況の影響で収入高が年々減少傾向となったことが影響し、2019年(令和元年)12月6日に東京地方裁判所へ民事再生法の適用を申請した。なお、ゴルフ場の営業自体は現在も継続している[2]。
2025年10月28日に、運営会社である富山ゴルフの全株式をロックフィールドゴルフリゾートに譲渡した[3]。
かつてはクラブハウスと神通コース9番ホールの間(全長220m)に、日本で3番目のオートモノレール(4両編成4人乗り、通称、お猿電車)が運用されていた(1980年5月15日修祓式、当時オートモノレールは全国でも広島、宮崎などにしか無く、北陸方面のゴルフ場では初めての導入であった)[6][7]。
コース情報
[編集]合計27ホール、パー108、10,042ヤード、コース面積758,539m2[5]
『有磯』『薬師』『神通』の3コースで構成される。有磯は樹木に覆われたフラットで広いフェアウェイの林間コース、有磯および薬師は、丘陵の緩やかなアンジュレーションの中に打ち下ろしや谷越えがあるのが特徴である[8]。
脚注
[編集]- ↑ 『大沢野町史』(2005年2月28日、大沢野町編集・発行)465頁。
- 1 2 3 倒産・動向速報記事・株式会社富山ゴルフ(帝国データバンク、2019年12月9日)
- 1 2 『北日本新聞』2025年10月30日付30面『大阪の企業に富山CC譲渡 北日本新聞社』より。
- 1 2 『大沢野町誌 現代(昭和三十年~昭和五十年)』(1986年12月20日、大沢野町編集・発行)359 - 360
- 1 2 3 インフォメーション・クラブハウス概要(富山カントリークラブ、2022年5月31日閲覧)
- ↑ 『北日本新聞』1980年6月12日付朝刊15面下段広告『ゴルフ場に"お猿電車"が!!』より。
- ↑ 『北日本新聞』1980年5月17日付朝刊16面『北陸初のモノレール 富山カントリー ゴルファーに人気』より。
- ↑ 『富山百年を翔ぶ 富山県航空写真大集』(1983年1月1日、富山新聞社発行)243頁。