女性差別的な文化を脱するために
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『女性差別的な文化を脱するために』(じょせいさべつてきなぶんかをだっするために)は、2021年(令和3年)4月にインターネット上で公開されたオープンレター(公開書簡)である[1]。研究者や教育関係者、メディア関係者に向けたもので[1]、女性差別的な文化を構造的な問題として、インターネット上でのコミュニケーション様式と学術や言論、メディアの差別意識の結び付きを指摘している[1]。若手・中堅の研究者や編集者を中心に、千数百名の賛同を集めた[1]。
概要
このオープンレターが公開された背景として、男性研究者が本レター差出人の一人である女性研究者に対して自身のツイッターで女性研究者を指して不適切な投稿を行っていたことによる[2]。なお、男性研究者のアカウントは非公開だったが、男性研究者のフォロワーには読める状態だった[2][3]。これによりSNS上で炎上し、テレビドラマの考証担当を自ら降板した[4][5]。その中で女性研究者やその支援者たちが差出人となって、2021年4月にインターネット上で本レターを公開した[1][2]。
本レターは研究者や教育関係者、メディア関係者に向けたもので[1]、女性差別を生み出す文化から抜け出すよう呼びかけており[2]、若手・中堅の研究者や編集者を中心に千数百名の賛同を集めた[1]。なお、男性研究者と女性研究者は2021年7月に和解して、男性研究者は女性研究者に対して誹謗中傷をおこなっていたことを認める謝罪文を自身のブログに掲載した(2022年2月現在は削除されている)[2]。
その後、同年10月20日付『京都新聞』より、男性研究者が勤務先の運営団体より9月13日付けで停職1か月の懲戒処分を受けたことが報じられる[6]。次いで、同年10月29日付『京都新聞』より、男性研究者は10月に任期付き助教から定年制の准教授へ昇格する内定を1月12日に得ていたがSNSでの不適切な投稿を理由として内定取り消しとなったこと、それに対して勤務先の運営団体を相手に地位確認訴訟を起こしたことが報じられた[6]。2022年(令和4年)1月27日には、作家である古谷経衡、政治アナリストの渡瀬裕哉など本人の署名でない偽造された署名が本レターに複数存在することが発覚し、その発覚を受けて複数の署名者が署名の撤回を表明した(#問題点の指摘も参照)[6]。
これらの経緯により、本レターの対象者である男性研究者に対して不利益が大きすぎたことや署名偽造が複数検知されているにもかかわらず千数百名の署名を掲載し続ける差出人の事務的不備に対する批判が起こった[7]。その後、本レターが公開されて満1年となる2022年(令和4年)4月4日をもって本レターの公開を終了すると発表された[7]。
評価
肯定的な意見
批評家の後藤和智は、『現代ビジネス』における自身の記事において、ハラスメントを生み出した構造を、本レターが極めて体系的にまとまった形で書いているとして「とても画期的なものでした。」と評した[8]。本レターの指摘は、ハラスメントが「会話」や「掛け合い」といった「遊び」の中で強化されていったこと、性差別や性暴力に反対する女性が発言した言説に対する戯画化であると述べている[8]。そして、このような構造は女性だけではなく、在日コリアンやトランスジェンダー当事者に対する差別に関しても同様の構造を持っていると指摘している[8]。
批判的な意見
批評家・作家の東浩紀[9]は、『AERA』巻頭エッセイ「eyes」において、男性研究者が2021年秋に不適切な投稿から本レターの公開による一連の流れによって受けた処分は解雇権の乱用にあたると主張して所属先の運営母体に対して訴訟を起こした後、本レターに対してSNSでの糾弾は数の暴力ではないかという批判が集まった点を挙げ[10]、「被害者が弱者性を利用して過剰に加害者を攻撃すれば、関係はすぐ反転する。女性蔑視は許されないが、かといって署名を集め活動停止に追い込むのもやりすぎかもしれない。」と評した[9]。
問題点の指摘
作家・文筆家・評論家の古谷経衡は、Yahoo!ニュースにおいて、自身の名前が本レターの賛同者として知らないうちに掲載されてしまっていたこと、本レターの複数の差出人から丁寧な謝罪を受けたことを紹介[11]。本レターの差出人も「悪意ある第三者による僭称の被害者」としながらも、賛同者を集めて名前や所属を掲載するタイプのオープンレターについて「本人確認ができない仕組みならば賛同人にかくかくの氏名をそもそも載せるべきではない。後続の署名者は、先行する賛同人を観て署名判断を下すことが少なくないからである。」と指摘[11]。ネット署名において本人の確認システム確立が急務であると訴えた[11]。
分析
慶應義塾大学経済学部教授で計量経済学が専門の田中辰雄は、本レターの対立軸についてアンケート調査を実施した[4]。なお、調査時点は事件発覚からほぼ1年経過した2022年(令和4年)2月7日であり、ウェブモニター会社であるSurveroid社のモニターに対して行ったものである。また、対象者の職業を「出版、教育、公務員、調査広告、医療、その他サービス、学生・専業主婦」と比較的知識人層に近く、時間の余裕のありそうな人たちに絞って行われたものとしている[4]。
本レターの一連の経緯について見たことがあると答えた人は13.3%(回答者4882人のうち651人)で、さらに本レターの経緯についてのブログ・記事・オープンレター自体などどれかを読んだことのある人は5.9%(回答者4882人のうち287人)に留まり、事件の認知度は高くないとされる[4]。この調査は本レターの一連の経緯について見たことがあると答えた651人から分析を行った[4]。男女の性別および年齢による意見の対立軸、性別役割分業意識の強弱と本レターとの相関関係はないとしている。一方で、「社会は男性優遇かどうかという認識」や保守とリベラルの対立軸では相関関係が認められた[4]。
以上を踏まえて、田中は「対立軸たりうるのは、男性優遇社会であるか、保守とリベラル、正義と言論の自由の3つである。男性研究者を批判しオープンレターを支持するのは、社会は男性優遇だと考える人、リベラル思想の人、言論の自由より正義を重視する人である。逆に言えば、男性研究者を擁護し、オープンレターを批判するのは、社会が男性優遇という見方に懐疑的な人、保守思想の人、正義より言論の自由を重視する人である。」と導いている[4]。そして、正義と言論の自由が問題になるのはキャンセルカルチャーの特徴なので、本レターの一連の経緯はキャンセルカルチャーだったという理解には一定の論拠があると結論づけている[4]。
脚注
出典
- ^ a b c d e f g 山内雁琳 2021, p. 164.
- ^ a b c d e 「オープンレターを削除する義務ない」 - 弁護士ドットコム 2022年3月21日閲覧
- ^ 山内雁琳 2021, pp. 160–162.
- ^ a b c d e f g h 田中辰雄 2022.
- ^ 山内雁琳 2021, p. 162.
- ^ a b c 山内雁琳 2022, p. 67.
- ^ a b 柴田英里 2022, p. 122.
- ^ a b c 後藤和智 2021, p. 2.
- ^ a b 東浩紀 2022, p. 2.
- ^ 東浩紀 2022, p. 1.
- ^ a b c 古谷経衡 2022.
参考文献
- 東浩紀『『言論の自由』と『被害者のケア』の論争の落とし所を探さぬ人たち』朝日新聞出版〈AERA dot.〉、2022年2月1日 。
- 後藤和智『知識人「言論男社会」の深すぎる闇』講談社〈現代ビジネス〉、2021年5月27日 。
- 田中辰雄『オープンレター事件の対立軸――キャンセルカルチャーだったのか?』株式会社シノドス〈SYNODOS〉、2022年2月23日 。
- 古谷経衡『「オープンレター」問題にみるネット署名の危険性』Yahoo!JAPAN〈Yahoo!ニュース〉、2022年2月15日 。2022年3月21日(UTC)閲覧。
- 山内雁琳「ポリコレ派への共感 強制する社会の歪み」『正論』第597号、2021年6月、159-166頁。NAID 40022550043。
- 山内雁琳『キャンセルカルチャーとは何か ― その現象と本質』情況出版株式会社〈情況〉、2022年4月19日。
- 柴田英里『加速するジェンダー系炎上とポリティカル・コレクトネスの現在』情況出版株式会社〈情況〉、2022年4月19日。