ノート:女性差別的な文化を脱するために

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‎従六位上河内介さんの除去編集について[編集]

要約欄で「異論があればノートにて」とあったため提起しますが、Noticeはともかくとしても{{実名記載告知}}まで除去したいというのは意味不明です。要約欄で「原則刑事事件に関する記述で用いられており」とありますが、Noticeの除去においてWP:SELFを主張した手前、急にこちらは「使われ方」で除去しているのは問題があろうかと思います。この記事を読む限り、読者が「なぜ、人名が伏せられているのだろう」と考えるのは自然であり(であるからこそ実名関係のテンプレートがほかにもあるのでしょう)、WP:SELFの考え方から言えば、実名を伏せていることを読者に告知することは有益です(曖昧さ回避等のフラットな案内になると思います)。‎従六位上河内介さんがなぜ記事上で実名を伏せていることすら隠したいのか分かりませんが、これ以上問題がこじれることを防止するため、わたしの方ではこれ以上テンプレートを貼り直したりはしません。要するにこういったプライバシーの件に関して、何かがあった場合、‎従六位上河内介さんはご自身で責任を取るということなのでしょう。わたしはなるべくプライバシーに配慮したつもりだということは理解してもらえると思います。--Aoioui. 2022年4月3日 (日) 16:39 (UTC)[返信]

{{実名記載告知}}を編集除去した理由としては、両者ともに名前を出すこと=プライバシー侵害にあたると結論が出ていないにも関わらず、実名を出すと削除の対象になると断定したテンプレートを先に出されたのは勇み足であると判断したためです。刑事事件の被疑者と被害者であれば、実名を出すことがプライバシー侵害にあたると明確に判断できますが、本件(特に女性研究者について)はオープンレターの差出人として実名で活動しており、お名前を出すことをプライバシー侵害と申されるならば「公開書簡」の意義を否定するものになるため、議論が確定していないものはテンプレートを貼るのを控えるべきと判断しました。 従六位上河内介会話) 2022年4月6日 (水) 00:09 (UTC)一部修正--従六位上河内介会話2022年4月6日 (水) 00:11 (UTC)[返信]
結論が出たため、テンプレートを復帰しました。--Aoioui. 2022年4月17日 (日) 05:26 (UTC)[返信]

特筆性について[編集]

ノート:公開状からの議論の誘導です。記事では伏せられていますが、ノートで伏せておくと議論が難しいので書いておきます。公開状のノートで従六位上河内介さんから、特筆性に難ありであることの根拠を説明してほしいとありました。しかし、北村紗衣のノートで出典に難があることは散々説明したはずで、今もそのノートで問題にした出典が複数使われています。これでは立項の強行です。もちろんこれはわたしの「考え」ですが、削除依頼ではわたしの他にも立項の強行が望ましくないといった意見がありましたから、他者からも強行に見えていないことはないと思います。話を戻しますが、もちろん、「北村紗衣」のノートで示したように、そもそも全国紙レベルの報道がないことも、特筆性に難があるという前提になっています。今の記事の状態は、大半が「各々の著名人がこう考えているよ」で占められているというレベルにとどまっています。つまるところ帰属化された情報ばかりということです。このことは「北村紗衣」のノートでも説明したと思います。なんというか、記事を読んでも当事者サイドの視点がないのが不自然なんですよね(主観的になれというわけではない)。例えばホビイストたちへの公開状を見ると、当事者同士にどのような経緯があるか、公開状が出される以前の経緯が説明され、出した側・出された側からの視点があり、それがどう結実して、実際に公開状が発表され、反応がどうだったかという流れがあります。この記事は「反応」だけが異様に多いんです。それが帰属化された情報ばかりという点とつながっています。わたしは、一貫して「いずれは書けるようになるだろう」という立場ですが、明らかに今はそのタイミングではないとも考えています。今は材料が足りない。特筆性に難ありと言っているのはそのためです。--Aoioui. 2022年4月5日 (火) 18:24 (UTC)[返信]

御高説賜り恐れ入りますが、本件は公開状の事例節に掲載する内容の是非であり、本ノートに行ってしまうと議論の拡散になってしまいます。公開状のノートでも本記事名に触れてはならないという決まりもありませんし、現在本記事は版指定削除の審議をしている最中です。その中でこのような言及をされると混乱をきたしますので、ノート:公開状にてお話下さい。--従六位上河内介会話2022年4月6日 (水) 00:03 (UTC)[返信]
従六位上河内介さん、私への話ではないので横やりのようで申し訳ないのですが、公開状のノートでAoiouiさんが特筆性に難ありと考えていると言ったのは「女性差別的な文化を脱するために」自体のことだと思います。削除依頼でリダイレクト化を提案していますし。なので特筆性に難ありとはどういうことか?と問われて公開状ではなくこちらに記載することは正しい位置への誘導だと思いました。Aoiouiさんの意図を読み違えていたら申し訳ありません。--ぷにを会話2022年4月6日 (水) 01:47 (UTC)[返信]
ぷにを様が『公開状のノートでAoiouiさんが特筆性に難ありと考えていると言ったのは「女性差別的な文化を脱するために」自体のことだと思います。削除依頼でリダイレクト化を提案していますし。』と申されていますが、削除依頼に削除票出されているAoioui様が「わたしはそもそもその「事例」自体の特筆性に難ありと感じているため、ぷにをさんのおっしゃる疑問については正しいと考えます。」と言及したうえで、特筆性の疑義を挙げて本ノートへ誘導するのいうのはWP:VOTESTACKの疑いがあります。いずれにせよ現在本記事は版指定削除の審議をしている最中に平行してこのような言及をされることは議論を分散させるものになります。これ以上議論を混乱させる対応をなさる場合はコメント依頼など検討させていただきます。--従六位上河内介会話2022年4月6日 (水) 15:44 (UTC)[返信]
従六位上河内介さん宛 正直理解しかねるのですが、従六位上河内介さんはこの「女性差別的な文化を脱するために」の特筆性の話を、ノート:公開状でせよ、とおっしゃっているんでしょうか? この記事の特筆性についての話は、この記事のノートですべき、以外の答えをわたしは持っていません。ひとまずわたしの主張は終わっています。--Aoioui. 2022年4月6日 (水) 16:49 (UTC)[返信]

私の指摘としては、1.削除依頼で削除票を出されているAoioui様が、特筆性の疑義を掲げて本ノートへ誘導する行為はカンバス行為ではないか。2.ノート:公開状では事例に本件に関連する記述を掲載することの是非を論じていたはずです。それと本件記事そのものの特筆性は議論として全く別物になります。(公開状のページでも個別の公開書簡が赤リンクのままになっているものが事例として掲載されています。)結局、Aoioui様は「公開状の事例節での記述」と「本件記事の特筆性」のどちらを論じたいのかが分かりかねます。「公開状の事例節での記述」を論じたいのなら、本ノートでの特筆性に関する議論と混ぜて検討することは不適当ですし、本ノートで議論されたことと公開状のノートで議論されたことを同一視するのは無理があります。また、「本件記事の特筆性」を論じたいのなら、そもそもなぜノート:公開状で提起したのか理解しかねます。3.現在、削除依頼が出されている中、それに並行して特筆性に関する議論をノートでされるのは議論を拡散する行為ではないか、と指摘しております。--従六位上河内介会話2022年4月7日 (木) 00:05 (UTC)[返信]

①カンバスについては単に理解不足があると思います。②事実、この記事の特筆性に難があると考えているわたしが、ノート:公開状で本件の特筆性を語らずに、どうやって「同列ではない」と主張すればいいのか、分かりません。教えていただけますか。③削除依頼では、あくまでプライバシーについて意見を述べているのであり、ここでは特筆性について意見を述べています。
というか、論調を見る限り、従六位上河内介さんはわたしの意見に反対なんですよね。賛成できないのに「御高説賜り」というのは皮肉というものでしょう。自覚がないかもしれないので一応注意しておきます。--Aoioui. 2022年4月7日 (木) 05:09 (UTC)[返信]
  • コメント コメント依頼からきました。特筆性についてですが、「公開状」「署名運動」としては低いが、日本における「フェミニズム」「キャンセルカルチャー」としては高いと考えます。そもそも、名のある男性研究者が名のある女性研究者に関して不適切な投稿を行ったことが事の起こりで、本オープンレターの賛同人や署名人には研究者やジャーナリストが名を連ね、それぞれのSNSやブログなどで意思表示を行っています。その後、男性研究者の雇用関係に変化があり、そこまでの意図はなかったと署名の取り下げを表明する方もいました。さて、本文の参考文献にある田中辰雄氏が分析しているように、男性研究者の投稿自体を擁護する意見はほとんどなく、論壇における争点は本オープンレターをどう捉えるかが主体となっています。運営元の異なる複数のオピニオンメディアで名のある方々がそれぞれの意見を表出しています。テレビや新聞で取り上げられてなくとも、それで特筆性は十分と考えます。「キャンセルカルチャー」に関し、『中央公論』2022年5月号において、武田徹氏が森本あんり氏との対談の中で本オープンレターに軽く触れているほか、4月中に発刊予定の『情況』2022年春号でも本オープンレターに関する論説が掲載されるとのことです。--ねむりねずみ会話2022年4月11日 (月) 16:21 (UTC)[返信]
    • 繰り返しますように、未来になんらかの情報源が出て書けるかもしれない、書けるだろうということは承知しています。しかし将来のことはあくまで将来のことで、ここでは論じられません。さて、新聞等で報じられているかどうか、というのはわたしにはかなり大きな問題であると思います。先も言ったように、現在は「Aが〇〇と言っている。Bは〇〇と分析している。」だらけで、全体の流れというものがあまりありません。「概要」と「評価・分析」のバランスが悪いことは合意していただけると思います。事実、現在の記事の状態は「評価・分析」が全体の3/4程度を占めています。裏を返せばそれだけ個人の意見「ではない」情報がないということです。わたしは個人の意見を入れるなと言っているのではありません。こんなに短い概要にこんなに長い「評価・分析」が必要なのでしょうかと言っています。そして、それを支える概要があまりにも貧弱です。個人の意見を除けば、弁護士ドットコムぐらいではないでしょうか。弁護士ドットコムで取り上げられただけで記事が成立するとは思えません。ここにわたしの「特筆性に難がある」という考えがあります。
    • なお念のため申し上げておきますが、わたしがここで特筆性の話をしているのは、現在別件で削除依頼が出ていることが一点、もう一点は「ノート:公開状」で説明を求められたからです。現状何かアクションを起こしているわけではないので、ここであまり内容を詰めるようなことはありません(もし詰めるのなら今後削除依頼を出すか、もしくは今ある依頼を使うだろうし、いずれにせよここでやる必要はない)。わたしはわたしのスタンスを説明しただけです。正直な話、この記事の特筆性の話を「ノート:公開状」でしてほしいと主張していた従六位上河内介さんが、ここに誘導するようなコメント依頼を出しているのは理解不能です。しかし、実際こうやってねむりねずみさんが議論に来たからには、ここで話すべきだという私の主張が正しく、「ノート:公開状」で説明してほしいという従六位上河内介さんが間違っていたということが証明されたと考えています。コメント依頼の今後については、従六位上河内介さんがご自身でなんとかするものと思っています。--Aoioui. 2022年4月11日 (月) 17:23 (UTC)[返信]
      • お世話になります。Aoiouiさんは記事のバランスの悪さ、特にオープンレター(以下OLと略す)そのものの記述が貧弱であることをもって「特筆性に難がある」とされていると思いますが、私は逆に、OLに対する反応、評価、分析こそがOLの特筆性を示すものと考えます。一般的な論文も、ただ発表されただけでは意味がありません。他の研究者が引用したり批判することで価値が生じます。OLも人文界隈というコップの中の嵐ではありますが、公開からの1年間で多くの論説が生じています。個人の意見であっても、意見を表明したという事実とその内容が検証可能であるならば、それは重要な情報源と成り得ます。それを雑多に無視することには異議を唱えます。
      • 本記事の一次資料はOLそのものです。OLの内容を知りたいのであれば、OLそのものを読むのが一番です。OPから引用しますと、「この問題(男性研究者の不適切投稿)について背景にある仕組みをより深く考え、同様の問題が繰り返されぬよう行動することを、広く研究・教育・言論・メディアにかかわる人びとに呼びかける」ことを目的とし、文中にある「背景にある仕組み」とは「ネット上のコミュニケーション様式と、アカデミアや言論、メディア業界の双方にある男性中心主義文化が結びつき、それによって差別的言動への抵抗感が麻痺させられる仕組み」とした上で、対策として「中傷や差別的言動を生み出す文化から距離を取ること」を提示しています。概要をOLそのものではなく二次資料から組み立てるとすれば、現状のようにならざるを得ないでしょう。時系列を明確にしてほしい、という意味であるならば、日付を加え、相互に訴訟を起こしていること、公開1年を経過して掲載を取り下げたことまでは現時点で記述できます。
      • 当事者サイドの視点の欠落についてはtwitterを探れば賛同人などの考えを示すことはできると思いますが、情報源として難があるため控えさせていただきます。マスメディアが触れていないことも同じく気になる点ではありますが、編集方針やニュースバリューを考慮して、などと推測するしかありません。一応記述しますが、マスメディアでの露出は特筆性を肯定するものに成り得ますが、マスメディアでの露出がないことが特筆性がないことの証明には成り得ないと申し上げます。
      • 付記しますと、提出されている削除依頼はWP:LIVEを考慮しての版指定削除に意見が絞られています。「北村紗衣」「公開状」のノートの件は、あくまでそれぞれの記事にOLを記述するかどうかの議論です。そちらの記事にOLを記述する必然性は私はないと考えますが、そちらはそちらで議論する内容です。OLの特筆性に関する事柄はこちらのノートで議論することに関して異議はありません。--ねむりねずみ会話2022年4月13日 (水) 16:36 (UTC)[返信]

コメント 記事の立項を見た際にはWikipedia:独立記事作成の目安を満たすのかについて疑念を抱いていましたが、出典が適切に記載されており、記載も中立的なものでしたので特筆性は満たしていると考えます。--圧倒的認識会話2022年4月14日 (木) 05:50 (UTC)[返信]

コメント 肯定は主張に対して、否定はキャンセルカルチャーに対して、問題点の指摘はネット署名に対してなんですよね。確かにそれぞれが記事主題の持つ要素であるのですが単純な評価として並べてしまうと違うような、でもこれ以上評価節を書き込んでも余計バランスを崩してしまうような収まりのいいところが見つかっていません。リダイレクト化については今のところ反対寄り、特筆性については「女性差別的な文化を脱するために」を公開状とそれにまつわる一連の騒動としてまとめるならあり寄り、あくまで公開状の「女性差別的な文化を脱するために」としての内容であるとするならばなし寄りかなと思います。--ぷにを会話2022年4月16日 (土) 03:58 (UTC)[返信]