大連駅
| 大連駅 | |
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南広場側から見た駅全景(2019年9月) | |
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だいれん Dalian | |
![]() | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 |
中国国家鉄路集団(CR) 大連地下鉄 大連公交客運集団 |
| 大連駅 | |
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| 各種表記 | |
| 繁体字: | 大連站 |
| 簡体字: | 大连站 |
| 拼音: | Dàlián Zhàn |
| 発音: | ダーリェン ヂャン |
| 日本語漢音読み: | だいれんえき |
| 英文: | Dalian Railway Station |
大連駅(だいれんえき、簡: 大连站、繁: 大連站、拼音: )は、中華人民共和国遼寧省大連市中山区にある、中国国家鉄路集団(中国国鉄,CR)と大連地下鉄の駅。国鉄の駅は1937年、当時の南満洲鉄道の太田宗太郎によって、東京の上野駅を模して設計されたものが長年使用されている[1]。2002年の駅拡張事業によって、北口と北広場が増設された。現在は瀋陽局集団管轄下の一等駅であり、1日平均約80本の旅客列車を取り扱っている。
本項では近接する、大連有軌電車の大連火車站駅(だいれんかしゃえき)についても記述する。
利用可能な鉄道路線
[編集]このほか公式な乗り換え駅ではないが、■2号線の友好広場駅も680mほどと比較的近い位置に立地している[2]。
- 大連公交客運集団
- 大連市電201系統(大連火車站駅)
歴史
[編集]
1898年に清とロシア帝国の間で締結された旅順・大連租借に関する露清条約により、ハルビンから長春、瀋陽を経て旅順に至る鉄道の建設を清はロシアに許可することが規定され、同年6月に着工された。 初代駅は1903年にロシア資本による東清鉄道の駅として建設され、当時の都市名ダルニー[3](露: Дальнiй)からダルニー駅と名づけられた。駅は現在の勝利橋付近に位置し、駅舎は木造の建物一つに過ぎない規模であった。日露戦争後、日本の租借地としての関東州が成立すると、駅は発足した南満洲鉄道(満鉄)へと経営が引き継がれた。
1907年に南満洲鉄道の大連への本部移転によって、駅は大連駅へと改称された[4]。また同時に路線名の再編が実施され、それまで瀋陽方面から旅順までが本線とされていたのを、大連までの路線に再編し、分岐駅となる南関嶺駅から旅順駅までの区間は旅順支線に変更された[5]:155,161,267。
大連の都市拡大と大連港の取扱量の増加に伴い、1924年には満鉄によって駅の拡張が計画され、新駅舎の計画には、社内の太田宗太郎と小林良治の案が選ばれた。駅舎は1935年に着工し、1937年5月20日に竣工した[5]:31。竣工開始した駅舎は当時としてはアジア最大の鉄道駅であり、また現代の中国の駅で広く採用される2階を入場および出発階、1階を到着および出場口の階に階層を分ける、空港ターミナルビルに近い構造を中国で初めて採用した駅であった[1]。
2000年に北口の整備などを含めた駅の拡張工事が開始され、高架待合室の新設、北駅舎と駅北広場の増設が実施され、2003年8月1日に竣工した[6][7]:271。2004年9月29日には大連地下鉄3号線の駅として地下鉄の大連駅が開業した[8]。2008年に当時の鉄道部からの要求によって、南口切符売り場の2階から1階への移転、これによって切符売り場と待合室の分離が行われた。
2010年4月1日より、当駅への乗り入れが決まった動車組列車の乗り入れに備えた、構内の改修工事が開始され、それまで客車列車の仕様で供用されていたホームを嵩上げする工事のほか、ホーム天井を上屋で覆う工事が施工された[9]。なお、改修期間中、乗り入れが制限された一部の列車は近隣の周水子駅や金州駅からの発着へと変更する措置が取られた[10]。2011年1月11日に工事は完了したことで、全列車が大連駅始発に復帰し、2012年12月30日には従来、市内郊外の大連北駅を起終点としていた一部の動車組列車の発着駅が当駅へと延伸された[11]。2023年3月17日には駅へ乗り入れる2本目の地下鉄路線大連地下鉄5号線が開通している[12]。
駅構造
[編集]中国国家鉄路集団
[編集]| 中国国鉄 大連駅 | |
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南駅舎(2009年5月) | |
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だいれん Dalian | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 | 中国国家鉄路集団(CR) |
| 管轄鉄路局 | 瀋陽局集団 |
| 駅等級 | 一等駅 |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 5面9線 |
| 開業年月日 | 1903年1月 |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | 瀋大線 |
| キロ程 | 400.0 km(瀋陽北起点) |
| 所属路線 | 哈大旅客専用線 |
| キロ程 | ? km(ハルビン起点) |
| 所属路線 | 丹大都市間鉄道 |
| キロ程 | 0 km(大連起点) |
駅舎
[編集]駅舎の建築は南駅舎、北駅舎および高架待合室で構成されており、面積は24000平方メートル、最大収容人数は6000人である[13]。
うち7224平方メートルを有する南駅舎は、戦前期に南満洲鉄道によって建設され、日本の上野駅に似ていると言われるモダニズム建築が採用されている。駅舎内は上下2層の構造となっており、下層階の南北両側には切符売り場があり、2階では高架待合室へと繋がっている[14]:112[1][15]。
北駅舎および高架待合室は2003年に供用開始された。北駅舎は面積6500平方メートル、1階に切符売り場が設けられ、2階では高架待合室へと繋がっている。高架待合室は駅構内を横断する構造であり、南北の長さは97m、幅75m、8468平方メートルの建築面積を有している[16]。待合室は5つの部屋に分かれており[6]、室内には700余りの待合用の椅子が設置されている[17]。駅の南側には駅前広場と広大な勝利広場という広場が整備されており、北口は凱旋広場との別名がつく駅北広場である。駅の西側には駅の南北を繋ぐ地下通路がある。
ホーム
[編集]ホームは東西の方向へ延びており、構内に島式ホーム3面、単式ホーム2面の計5面のホームと9本の線路を有している[13][16]。ホームは元々低い高さのホームであったが、2010年の改修工事によって嵩上げされ、同時に高さ15mで駅構内を覆う上屋が建設された[18]。駅の東側には列車の留置線が存在している。
駅は開業初期には貨物輸送業務も取り扱い、輸送量の増加に伴い、1908年には東側の民主広場付近に貨物専用の2つ目のホーム(通称:二站)および大連駅へ通じる連絡線が建設された。二站は1927年に吾妻駅と改称されて正式な駅となり[19]、1946年に大連東駅と改称されたのち現在は廃止されている[5]:289。
- 北駅舎(2009年)
- ホーム(2016年7月)
- 駅東側の車両整備所(2018年8月)
大連地下鉄
[編集]| 大連地下鉄 大連駅 | |
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駅舎とA出口(2023年3月) | |
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だいれん Dalian Railway Station | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 | 大連地下鉄 |
| 駅構造 |
3号線:高架駅 5号線:地下駅 |
| ホーム | 3面2線 |
| 開業年月日 | 2004年9月29日 |
| 乗入路線 | |
| 所属路線 | ■3号線 |
| キロ程 | 0.0 km |
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香炉礁► | |
| 所属路線 | ■5号線 |
| キロ程 | 7.89 km(虎灘新区起点) |
建設街と興順街の交差点の西側、大連駅北広場の西側地下に位置する大連地下鉄3号線および5号線の駅。
3号線の駅は建設街と興順街の交差点の西側に位置し、興順街に沿って南北に延びる3階建ての地上駅[20]。1階がコンコースおよび改札、2階が管理事務所、3階がホームとなっている[21][22]。ホームには、ハーフハイトタイプのホームドアが設置されている。駅の北側には渡り線が設置されている。中央のホームは乗車専用、両側のホームは降車専用ホームである。
5号線の駅は、3号線の駅の西側に位置し、興順街に沿って南北に延びている。長さ219.5m、幅 23.3mの地下3階建ての地下駅[23]。地下1階が乗り換え通路、地下2階がコンコース、地下3 階にホームが設置されている。ホームにはフルスクリーンタイプのホームドアが設置されており、駅の北側には1つの渡り線が設置されている。
大連有軌電車
[編集]| 大連公交客運集団 大連火車站駅 | |
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大连火车站 Dalian Railway Station | |
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◄東関街 勝利橋► | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 | 大連公交客運集団 |
| 所属路線 | ■大連市電201系統 |
| キロ程 | ? km(興工街起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 開業年月日 | 1909年9月25日 |
駅周辺
[編集]隣の駅
[編集]脚注
[編集]出典
[編集]- 1 2 3 “中国の大連駅が「上野駅」にそっくりで、瀋陽駅が「東京駅」に酷似しているワケ=中国メディア (2018年1月14日)”. エキサイトニュース (2018年1月14日). 2024年10月28日閲覧。
- ↑ “大连火车站到金沙滩交通路线(附图)”. 大連本地宝. 2016年8月15日. 2026年7月28日閲覧.
- ↑ 「大連」『デジタル大辞泉』小学館。コトバンクより2026年5月16日閲覧。
- ↑ “大连火车站:今年正好80岁”. 大连晚报. 大连新闻网. 2017年5月27日. 2021年5月21日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2021年5月21日閲覧.
- 1 2 3 沈阳铁路局志编纂委员会编 (1997). 沈阳铁路局志:1891-1995. 中国铁道出版社. ISBN 7113028152
- 1 2 “大连站改扩建全面竣工”. 世代商报. 新浪网. 2003年8月7日. 2021年5月21日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2021年5月21日閲覧.
- ↑ 大连市中山区地方志编纂委员会编 (2008). 大连市中山区志:1986-2005. 方志出版社. ISBN 978-7-80238-425-5
- ↑ “中铁九局大连市快轨三号线二期工程竣工通车”. 国务院国有资产监督管理委员会 (2004年10月11日). 2024年11月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月12日閲覧。
- ↑ “大连站正在变成“高铁”车站_新浪大连_”. 新浪网 (2010年10月14日). 2020年7月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月4日閲覧。
- ↑ “4月1日大连火车站装修改造部分列车外调 -”. 烟大船票网 (2010年3月23日). 2020年7月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月4日閲覧。
- ↑ “30日起6列哈大高铁终到或始发站延至大连站”. 新浪网 (2012年12月21日). 2020年7月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月4日閲覧。
- ↑ “大连地铁5号线开通运营”. 人民网 (2023年3月18日). 2024年11月12日閲覧。
- 1 2 李荣华 (2007). “哈大客运专线引入大连枢纽第二客运站的选择”. 铁道货运. doi:10.3969/j.issn.1004-2024.2007.10.011.
- ↑ 大连地方志编纂委员会办公室 (1987). 大连市情. 天津人民出版社. ISBN 7-201-00121-3
- ↑ 杨秉德 (1992). “三十年代现代主义建筑的优秀作品—大连火车站”. 世代建筑.
- 1 2 金岩; 关增智; 矫永岩; 张长友; 刘东跃 (2003). “大连火车站改造工程跨越铁路线施工支架设计方案”. 建筑与预算.
- ↑ “火车站候车厅昨起纳客(图)”. 大连晚报. 新浪网. 2003年7月27日. 2021年5月21日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2021年5月21日閲覧.
- ↑ “大连站正在变成“高铁”车站”. 大连晚报. 新浪网. 2010年10月14日. 2020年7月4日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2020年7月4日閲覧.
- ↑ 『日本鉄道旅行地図帳 満州・樺太』p.41
- ↑ 张奔. “快轨大连站扩能改造方案研究”. 铁道工程学报 34 (2017(8)): 83-88,97. doi:10.3969/j.issn.1006-2106.2017.08.015.
- ↑ 赵迎欣 (2017). 快轨3号线大连站内部服务设施能力适应性评估研究 (硕士 thesis). 大连海事大学. 2024年11月15日閲覧.
- ↑ “大连快轨将到火车站接客”. 新浪新闻 (2003年5月27日). 2024年11月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月12日閲覧。
- ↑ “『大连』地铁5号线火车站站主体结构提前封顶”. 轨道交通网 (2019年12月23日). 2024年11月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月12日閲覧。
参考文献
[編集]- 『日本鉄道旅行地図帳 満州・樺太』新潮社、2009年。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]座標: 北緯38度55分24秒 東経121度37分48秒 / 北緯38.9234323度 東経121.6301213度
