国民政党

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国民政党(こくみんせいとう)とは、特定の階級(例えば資本家階級労働者階級)の利益を代表するのではなく、国民全体の利益を代表することを標榜する政党を指す。あるいは「本来は一定の階級的利害を代表しながらも、国民的同質性を前提とし、その支持基盤を広く国民各層に求めようとする政党」[1]と定義される場合もある。対義語は階級政党

保守政党の場合[編集]

自由民主党右派だけではなく、穏健リベラル派も取り込んだ国民政党であると、長らく見なされてきた。特に高度成長から、公害対策を経て、バブル経済崩壊まで、右肩上がりの時代には成長の果実が国民諸階層に等しく分配され、かつ、国民が最も忌み嫌う戦争を回避したことが大きい。また、派閥による政権の交代など、擬似的政権交代が図られていた。しかし、選挙制度改革により、衆議院小選挙区制となり、かつ政党交付金の創設や政治資金規正法の強化により、公認等所属議員に対する政党本部のコントロールが強化されたことにより、自由民主党内においては穏健リベラルが切り捨てられ、多様性を失ったモノトーンな性格の政党となりつつある[2][誰によって?]とされる。

社会民主主義政党の場合[編集]

かつて「総評政治部」とも批判された日本社会党は、左派主導の下で階級的大衆政党を標榜してきた。しかし1970年代末に右派の影響力が強まると、国民政党に転換すべきとの声が台頭した。日本社会党の新宣言は国民政党との用語を使用しないものの、事実上国民政党への転換を目指す内容だった。また、この論争においては”勤労国民の党”という折衷案も提出された。

実際それ以前から西欧社会民主主義政党はすでに階級政党としての性格を過去のものとしており、中産階級を含む国民政党としての性格を明瞭にしていた。なかでもドイツ社会民主党が1959年にゴーデスベルク綱領によって国民政党への転換を果たした例が有名である。ほかにイギリスの労働党などもフェビアン協会などの社会改良主義の影響により、早くから国民政党を指向した社会民主主義政党の例である。日本でも社会党から分かれた民社党は当初から階級政党の考えを批判し、国民政党を標榜していた。これらのケースは前述の「一定の階級的利害を代表しながらも、国民的同質性を前提」とする政党、という意味で国民政党だと考えられる。

現況など[編集]

大衆政党と混同されることも多いが、これは党の組織度に着目した、別の概念である(大衆政党は組織政党と呼ばれる)。国民政党は大衆政党である場合と、それと対比される幹部政党である場合がある。

日本共産党は結党以来、労働者階級の前衛党を長らく自認していたが、今現在は前衛党概念を取り下げており、「労働者階級の党であり、国民の党である」としている。このため、階級政党なのか国民政党なのか、あるいは大衆政党なのかという位置づけが曖昧になっている。

日本以外の例[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 百科事典マイペディア「国民政党」の項目
  2. ^ 自民党内の多様性が薄れている…田中真紀子氏読売新聞 2015年7月13日