原山理一郎

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原山 理一郎はらやま りいちろう1965年10月25日 - )は、日本アナウンサーテレビプロデューサー

滋賀県出身。1989年4月、TBSに一般職採用入社、第23期生アナウンサーとして放送界にデビュー。その後、アナウンス職を離れる。報道局社会部を経て情報制作局情報センター情報一部(旧・TBSライブ)所属時に事件リポーターとして活躍した。

来歴[編集]

1989年4月、TBSに一般職採用入社、第25期生アナウンサーに。同期入社にはアナウンサーの小林豊斎藤哲也小笠原保子福島弓子[1][2]がいる。アナウンサーとしては主にニュース[3]・報道[4][3]・情報[4]番組を担当。1991年、報道局社会部に異動しアナウンス職を離れる[5]。『ブロードキャスター』(主にブロードキャスター事件簿のコーナー)に、レポーターとして1995年から[1]出演したが、スタジオに生出演したり中継先から顔を出すことは滅多になく[注釈 1][注釈 2]、番組エンディングのスタッフロールにも氏名が記載されなかった。

「ブロードキャスター」は2008年9月に終了したが、原山の出演は8月までだった(9月は事件簿を別の番組スタッフが担当)。10月以降は「2時っチャオ!」のプロデューサー(10数人いる中の一人)に就任。2010年春現在はTBSチャンネルメディアビジネス局営業統括の職に就いている[6]

出演番組[編集]

制作番組[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2008年6月14日放送分の特集コーナーにて、秋葉原通り魔事件の取材でVTRの前後に秋葉原から生出演した程度。
  2. ^ “事件簿”は大抵VTR終了の時点で席替えが終わっていたため、番組メインキャスター・福留功男の「ブロードキャスター事件簿でした」という素っ気ない一言でコーナー終了となることがほとんどだった。また番組前半の特集コーナーにVTR出演の際も、スタジオでの報告は同番組のニュースキャスター(例:竹内由布子)が行うことが多かった。

出典[編集]

  1. ^ 「III 放送関係 7.アナウンサーの活動記録」『TBS50年史 資料編』東京放送、東京放送、2002年1月、239頁。「1989.4<25期生>  5人入社(男3・女2) 小林 豊 斎藤哲也 小笠原保子 福島弓子 原山理一郎(一般職採用)」
  2. ^ 「TBSアナウンサーの動き」『TBS50年史 付属資料・ハイブリッド検索編』(DVD-ROM & PDF)東京放送、東京放送、2002年1月、30-31頁。「89.4<25期生>4人入社 小林 豊 斎藤 哲也 小笠原保子 福島 弓子 原山理一郎(一般職採用)」
  3. ^ a b 「TBSアナウンサーの動き」『TBS50年史 付属資料・ハイブリッド検索編』(DVD-ROM & PDF)東京放送、東京放送、2002年1月、31頁。「原山理一郎…(一般職採用)ニュース・報道系」
  4. ^ a b 「III 放送関係 7.アナウンサーの活動記録」『TBS50年史 資料編』東京放送、東京放送、2002年1月、239頁。「原山理一郎(一般職採用)『報道・情報担当』」
  5. ^ 「all TBS 紳士・淑女録4 報道局報道センターの巻」『TBS社報』、東京放送、1991年12月17日、 20頁。
  6. ^ ミルン情報局. 佐野ケーブルテレビ. 佐野ケーブルテレビ. 2010年4月21日–2010年4月27日. 2011年11月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。 2014年12月5日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『TBS50年史』東京放送、東京放送、2002年1月。

外部リンク[編集]