劉天華
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劉天華 | |
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プロフィール | |
出生: | 1895年 |
死去: | 1932年 |
出身地: | 江蘇省江陰県西横街[1](現:江陰市) |
職業: | 作曲家、演奏家 |
各種表記 | |
繁体字: | 劉天華 |
簡体字: | 刘天华 |
拼音: | Liú Tiānhuá |
和名表記: | りゅう てんか |
発音転記: | リウ ティエンホア |
劉天華(りゅう てんか、1895年2月4日 - 1932年6月8日)は中国の作曲家、演奏家であり、中国の伝統音楽と、二胡をはじめとする民族楽器の改革に多大なる貢献をした。
劉天華の作曲した47の練習曲と10の二胡独奏曲は、二胡が独奏楽器として発展する上で重要な役割を担った。
功績[編集]
以下のような功績を残した[2]。
- 二胡の音域の拡大
- 二胡の弓法の制定
- 中国伝統音楽と西洋音楽との融合
- 国楽改進社の創立
作品[編集]
二胡曲 (劉天華十大名曲)[編集]
- 病中吟 (1918)
- 月夜 (1924)
- 苦悶之謳 (1926)
- 悲歌 (1927)
- 良宵 (1928)
- 閑居吟 (1928)
- 空山鳥語 (1928)
- 光明行 (1931)
- 独弦操 (1932)
- 燭影揺紅 (1932)
琵琶曲[編集]
参考文献[編集]
- ^ 刘天华 中国音乐学网 2020年6月16日閲覧。
- ^ 増山賢治『中国音楽の現在―伝統音楽から流行音楽まで』東京書籍、1994年。ISBN 4-487-79187-1。