利他的行動

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

利他的行動(りたてきこうどう、: Altruism)は、進化生物学動物行動学生態学などで用いられる用語で、ヒトを含む動物が他の個体などに対しておこなう、自己の損失を顧みずに他者の利益を図るような行動のこと。理想的には、利益は適応度で計られる。行動の結果だけで判断され、目的や意図は問わない。利他的行動の進化は動物行動学などで長く議論の対象となっている。利己的行為の対義語としても用いられる。行動の進化の文脈では、同じ意味で協力行動(Co-operation)が使われることもある。

行動の分類[編集]

ハミルトンは適応度に与える効果によって行動を次の四つに分類した。

  • 利己的行動-行為者が利益を得、被行為者がコストを負担する(または被害を受ける)。
  • 利他的行動-行為者がコストを負担し、被行為者が利益を得る。
  • 相利行動-行為者と被行為者のどちらも同時に利益を受ける。
  • いじわる行動-行為者がコストを負担し、被行為者が不利益を被る。

行動の効果を長期的に計測することは困難であるために、ふつうは短期的に何らかの種類の利益(えさや縄張り、配偶者など)を得られたかどうかで判断される。

利他的行動の例[編集]

動物の利他的行動はさまざまな場面で見られる。代表的なのは、親が子を守る場合や、集団を作る動物の社会的な行動である。

親による子の保護[編集]

利他行動の代表的な例が、親の投資と呼ばれる、親による子の保護や子育てである。雌親が子を守るために時には命懸けの行動を取ることは母性愛や母性的行動と呼ばれるが、雄親がそのような行動をとる場合もある。たとえばチドリなどの鳥では、天敵が卵や雛のいる巣に近づいた際に、親が囮となり、傷ついているかのようにその目の前に姿を見せ、遠くへ誘導する偽傷行動を行う。さらに極端な例としては、カバキコマチグモのように、雌親が子供に自分の体を食わせてしまう生物もいる。そこまで極端ではなくとも、親が子を保護する場合、それがほんのわずかであっても労力を割いているのは確実である。ヒトの価値観から見れば子育ては利他的とは見なしにくいが、自己の損失と他者の利益という利他行動の定義を満たしている。

配偶者の保護と防衛[編集]

配偶者を守る行動も見られる。これは配偶者があってこそ自らの子が得られるので、間接的に自分の子を守る行動と同じと考えられる。しかし現在では雌雄間に利害の対立があることもわかっており、配偶者の保護が必ずしも利他行動と呼べるわけではない。たとえばヤドカリの中には交尾したあと配偶者をつかんで持ち運ぶ種がいるが、これはメスが他のオスと交尾するのを阻止する目的もある。

子が親・その他の血縁者を守る場合[編集]

子が親のために尽くすような行動が見られる場合もある。アリやハチなど社会性昆虫では働きアリ(バチ)が女王の世話をし、その子供を育てる。同様に、親の手助けをして親の子の世話をする行動は鳥などにも見られ、ヘルパーと呼ばれる。また、これらの例では親の育児を手伝うのだから、兄弟姉妹に対する利他行動とも言えるが、親以外の個体の子育てを手伝う場合もある。この場合ヘルパーは親(巣の主人)が死んだ後にその縄張りを受け継いだり、子育ての方法を学ぶことによって結果的に自己の適応度を高めている利己行動だという指摘もある。

社会的な行動[編集]

群れをつくって暮らす動物の場合、群れの中で一定の役割を演じる為に、その個体にとっては利益になりそうにない行動が観察される場合もある。

例えばサルやシカの群れでは、見張り役がある程度決まっていて、敵が近づいたのに気づくと警戒音を発するなどの目立つ行動をとる事で群れの他個体にこれを知らせる。また、リーダーが敵に対峙して他の仲間を守る行動をとる場合もある。ただし、警戒を発する行動が、その個体にどの程度の危険を増やすかを見積もるのは難しい。

協同作業[編集]

ライオンのように群れで獲物を狩る肉食獣では、おとりとして脅かして追う係と追われて来た獲物を捕まえる担当に分かれている場合もある。この場合、追う係は獲物を捕らえることができない、という意味では利他的である。社会性昆虫にもこのような労働や作業の分業が見られる例もある。

特に深い関係があるとも思えない個体間での協同作業が見られる場合もある。古くはタマコロガシが二頭で大きい玉を転がすことが知られていたが、ファーブルはこれが観察の誤りで、糞玉泥棒であると述べている。他方、彼はシデムシについては一つの死体に任意に集まった複数個体が群がり、それを地面に埋めること、その際に埋めにくい条件に置くと、協同作業で埋められるようにすることを観察している。このような行動の場合、それぞれの個体にその配分があるのであれば、利他的とは言えないと思われる。

利他的行動の進化[編集]

利他的行動は、一見すると自然選択説と直接に対立するように思われる。生物はあらゆる時間あらゆる場所で競争を行っており、生存と繁殖成功度を増大させる行動は集団中に増加し、減少させる行動は集団から取り除かれるはずである。したがって、現在見られる生物は競争に生き残るために自分自身にとって有利な形質を多く持っているはずである。たとえ損失がわずかでもあっても、行為者の適応度を低下させるならその行為は進化の過程で取り除かれるはずで、動物の行動はすべてが利己的なものだと予測できる。しかし実際にはそうではない。

その中では子供を守る行動は比較的理解しやすい。子供を成長させることができなければ、親がいくらうまく生き延びてもその形質が受け継がれることはない。自然選択から考えても、親による子の保護は当たり前のことに思える。

自分の子を守る以外の行動については、それを説明するいくつかの説が出されてきた。代表的なものを以下に挙げる。現在では互恵的利他主義と血縁選択説による説明が一般的であるが、かならずしもその二つで全ての利他行動が説明できるわけではなく、正確にはその二つは利他的行動が進化する条件の説明である。また説明困難な利他行動と思われた行動が実は利己行動だと判明した例もある。

群選択[編集]

これは、自然選択によって増減する単位を集団に求める考え方である。つまり、種(個体群)にとって有利になるような習性や行動は、個体にとっては不利でも、その集団を有利にするから自然選択によって進化すると考える。

例えば、群れの見張りをする個体は、率先して目立つ行動を取るために危険であると考えられる。したがって、そのような行動を取らない方が有利であるように考えられる。しかし、群れを単位として考えれば、見張りを置く群れは、それを持たない群れに比べて危険を素早く察知して逃げ出せるから、群れとしてははるかに生き延びる可能性が高いであろう。したがって、そのような個体を含む集団はそうでない集団に対して有利であるから、自然選択によって頻度が増大するであろう。

この説は一見するとわかりやすいように思えるが、子を残すのは種ではなく個体である。利他行動が個体の適応度を低めるのであれば、たとえその行動が種や群れ全体のためになろうとも、個体は(利他行動ごと)排除されると考えられる。反乱者による瓦解(利他行動を取らない個体が生まれれば、他個体の利他行動にただ乗りして数を増やし、群れで多数派となる)の可能性が常にあり、進化的に安定ではない。群選択説が全盛であった頃は、利他的行為は「種の存続ため」という視点で説明されてきた。群れの絶滅率の差によって利他的な集団が増加すると考えるモデルを古典的群選択と呼ぶ。現在では個体レベルの選択によって説明可能なときは群選択を用いない。以下の説は古典的群選択説の理論的な問題が広く知られるようになってから提唱された物である。

そもそも利他行為ではなかった[編集]

レミングの集団自殺が個体数調節のための典型的利他行為と考えられてきたが、集団自殺自体が事実ではなかった。鳥の警告の鳴き声は、警告を発する個体の生存率を低下させる利他行為であると説明されてきたが、よく観察してみるとむしろ警告を発した個体の生存率は高まることが確認された例もある。この立場に含められる説の一つにハンディキャップ説がある。ある生物の利他的、または適応度を下げるように見える行為は、その個体の優秀さや力強さをまわりに伝える信号であり、結果的にその個体の適応度を高めているという説。ガゼルが捕食者を目の前にして飛び跳ねる行為は、群淘汰説によって注意を引きつけて仲間を逃すためだと説明されることがあった。しかし観察の結果、飛び跳ね行為を行うガゼルよりも、行わずに逃げ出すガゼルの方が狙われやすいことがわかった。利他行為だと考えられていたものを、利己行為と見なす方が上手く説明できる場合があることを示している。

親、あるいは他者による支配[編集]

社会性昆虫など、子が親兄弟の世話をするタイプでは、親の側から見れば、子供に手伝わせれば自身の適応度が増加するので、例えばフェロモンなどによってこれを操って世話させる形質が進化したのだ、という説。ただしこれも被支配者の視点から見れば支配によって自己の適応度が低下するなら対抗適応が起きる(支配を回避する変異が起きれば、その変異は被支配者の適応度を上げるので急速に広まる)はずである。親子間に対抗適応の連鎖が起き、一方の支配が常に勝つと考えることはできない。

しかし実際には他者の支配を受けていると見られる事例は多く存在する。前述したように鳥のヘルパーでは血縁関係のない個体が子育てを手伝うことがあるが、これは結果的に利己行動か互恵的利他行動で説明可能なケースが多い。一方サムライアリが他のアリを奴隷として使役するような、支配的操作が成功しているように思われる例もある。このようなケースは被支配者がまだ抵抗手段を進化させていないか、あるいはごく希にしか起きないので対抗手段を進化させるメリットよりもデメリットの方が大きいなどの理由が考えられ、個体選択の視点から説明可能であると考えられている。

互恵的利他主義[編集]

ある局面でのその個体の不利益は、別の時には他個体が引き受けることで結果的には不利益を生じないのだという見方である。例えば群れの中での役割は、複数個体が交互にそれを行うことで、それぞれの個体は危険と利益を交互に受け取り、総合すればそれぞれの個体がある程度の利益を受けているのだと考えられる。互恵的利他行動は裏切り者(お返しをしない個体)を記憶し、裏切り者を罰したり利他行動の対象から排除するような行動と共に見られる。サルなどで見られるグルーミングが代表的である。これはその都度の行動だけを見れば利他的行動だが、長期的には利己的行動と見なせる。

血縁選択説[編集]

社会性昆虫における利他的行動を説明する有力な仮説として現れたのが血縁選択説である。血縁選択説は自然選択の単位を遺伝子であると見なす。自分のもつ遺伝子を共有するのは子だけでない。血縁者であれば一定の確率でそれを共有している。利他行動がたとえその行為者の適応度を低下させたとしても、受益者にも同じ遺伝子が含まれているなら、遺伝子の視点から見れば利己行動と同じ事である。つまり子以外の血縁者を通して遺伝子を残すことで利他行動の進化が可能であると考えた。血縁選択説は親による子の保護、子の親の手伝いも理論的、数学的に説明可能にした。この説は社会性昆虫以外にも適用され、「進化における遺伝子中心視点主義」を生むことになった。

緑髭効果[編集]

ある遺伝子が、自分がその個体に存在していることを示す目印と、他個体の目印を識別する形質と、その個体への利他行為とを同時にコードしている場合、その遺伝子は淘汰に勝ち残る可能性がある。たとえば緑髭を持った個体は他の緑髭個体に対して利他行動とるという風になっている場合、緑髭はその個体群で優占する形質となってゆくかもしれない。これは血縁選択と同じ、包括適応度にかかわる利他的行動の発現であり、広義の血縁選択説に含められることもある。

利他的な罰[編集]

集団内の裏切りを抑制するために、裏切り者やただ乗り屋を罰することを利他的な罰(altruistic punishment)と呼ぶ。利他的な罰の明確な例は人間だけに見られる(たとえばチスイコウモリの互恵的利他行動では、裏切り者は協力グループから村八分にされるだけである)。利他的な罰の進化は利他的行動の進化と同様に難問であり、いくつかの仮説が提示されている。

利他的行動の進化の条件[編集]

古典的群選択の論争から、利他的行動が進化するためには裏切りやただ乗りを阻止・抑制する何らかのメカニズムが必要であることがわかっている。裏切り阻止のメカニズムを含んだモデルをまとめると以下の通りである。

  • 古典的群選択-群れの絶滅率が高く、群れの分裂が頻繁に起こり、群れ間の移住がほとんど無いとき、群れ内で短期間には利己者の方が有利であっても、利他者は利己者よりも長期的な集団全体の平均としては高い成功率を維持できる。
  • 血縁選択(広義の包括適応度理論)-協力相手は自分のコピーであり、そもそも裏切りができない(コピーから利益を搾取するような行動は進化上有利ではない)。
  • 直接互恵性-利他者同士が互いを記憶し、報復や無視によって裏切りを許容しない。
  • 間接互恵性-評判によって裏切り者を区別する。
  • ネットワーク互恵性-集団中に空間構造があり、完全な自由交配が行われていない。周囲の者とだけ相互作用することで、利他者だけで構成されるネットワークの部分はより高い繁殖率を維持する。
  • デーム内群選択-利他者が利他者と選別的に相互作用する群内群を構成することによって、利他者グループは利己者グループよりも高い繁殖率を維持する。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]