五十嵐喜芳
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『フィルハーモニー』1967年12月号(NHK交響楽団)より | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | 五十嵐 喜芳 |
| 生誕 | 1928年9月8日 |
| 出身地 |
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| 死没 |
2011年9月23日(83歳没) |
| 学歴 |
甲陽学院高等学校 東京芸術大学 |
| ジャンル | オペラ |
| 職業 | 歌手、声楽指導者、タレント(司会者、俳優) |
| 担当楽器 | ボーカル(テノール) |
| 活動期間 | 1966年 - 2009年 |
| 事務所 | 日本オペラ振興会 |
五十嵐 喜芳(いがらし きよし、1928年9月8日 - 2011年9月23日)は、日本の声楽家(テノール歌手)。マネージメント協力はジャパン・アーツ。
日本オペラ振興会の常任理事、昭和音楽大学学長、宝塚音楽学校のカリキュラム編成アドバイザー(声楽)などを歴任し、日本におけるオペラ発展に尽力した[1]。また、音楽活動のみならず、TBSのワイドショー『3時にあいましょう』の司会やドラマ『コメットさん』に出演し幅広く活躍した。
人物
[編集]- 兵庫県神戸市出身。
- 甲陽学院高等学校を経て、東京芸術大学卒。在学中の1955年に第24回「NHK・毎日音楽コンクール(現・日本音楽コンクール)」・声楽の部で特賞を受賞[2]。
- その後中川牧三、四家文子らに師事。
- 1966年、カルメンのドン・ホセ役で舞台デビュー[3]。
- 1974年、『3時にあいましょう』に3代目男性司会者として出演。
- 1978年、『コメットさん』のレギュラー。
- 1985年から1999年6月まで、藤原歌劇団総監督(第3代)[4]。
- 1999年から2003年まで、新国立劇場オペラ芸術監督(第2代)。
- 2000年に昭和音楽大学[5](2007年まで)、同短期大学部(2009年まで)の学長に就任。
- 2011年9月23日午前11時9分、急性心筋梗塞のため東京都大田区の自宅で死去。83歳没[3]。
- ソプラノ歌手・五十嵐麻利江は実娘。
受賞歴
[編集]映画出演
[編集]- 幸福号出帆(1980年、東映セントラルフィルム) - 大川順 役
脚注
[編集]- ^ a b “テノール歌手の五十嵐喜芳さん死去 オペラ発展に尽力”. 朝日新聞. (2011年9月26日) 2011年9月27日閲覧。
- ^ “訃報:五十嵐喜芳さん83歳=日本のテノール第一人者”. 毎日新聞. (2011年9月26日) 2011年9月27日閲覧。
- ^ a b “五十嵐喜芳さんが死去 日本代表するテノール歌手”. 共同通信. (2011年9月26日) 2011年9月27日閲覧。
- ^ “テノール歌手の五十嵐喜芳さんが死去”. 産経新聞. (2011年9月26日) 2011年9月27日閲覧。
- ^ 上田正昭、津田秀夫、永原慶二、藤井松一、藤原彰、『コンサイス日本人名辞典 第5版』、株式会社三省堂、2009年 79頁。
- ^ 五十嵐個人にとどまらず、椿姫の上演関係者全員が受賞対象である。“毎日芸術賞受賞作・候補作一覧1-67回”. 2026年2月16日閲覧。
- ^ 公演プログラムの一例(1963年7月13日(土)公演分)。五十嵐はアルフレード・ジェルモンを演じた。“東京文化会館 アーカイブ/ヴェルディ生誕150年記念公演 歌劇「椿姫」”. 2026年2月16日閲覧。
- ^ 「98年秋の叙勲 勲三等以上と在外邦人、及び外国人の受章者一覧」『読売新聞』1996年11月3日朝刊