中ノ島 (長崎県)

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中ノ島
Nakanoshima Island Nagasaki City.jpg
中ノ島(2017年8月撮影)
所在地 日本の旗 日本
所在海域 五島灘
座標 北緯32度38分7秒 東経129度44分48秒 / 北緯32.63528度 東経129.74667度 / 32.63528; 129.74667座標: 北緯32度38分7秒 東経129度44分48秒 / 北緯32.63528度 東経129.74667度 / 32.63528; 129.74667
面積 0.03[1] km²
海岸線長 0.7[1] km
最高標高 51 m
Project.svgプロジェクト 地形
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中ノ島の位置(中央左下付近)

中ノ島(なかのしま)は、長崎県長崎市(旧:高島町)に属する無人島。島の南南西約700mの位置に軍艦島の愛称で知られる端島がある[1]。中ノ島でも、端島と同様に炭鉱開発も試みられたが、こちらは短命に終わった[1][2]。その後は、端島住民の公園火葬場墓地として利用されてきたが、端島の炭鉱が閉山した後は、端島同様放棄された[1]

歴史[編集]

1879年(明治12年)に中ノ島で炭鉱の開発が始まる[1]1884年(明治17年)、一度官有となった後、三菱社へと売却された[1][2]。三菱社への売却後、竪坑が2本掘削され、本格的な操業が開始されたものの、坑道での出水が多かったことから採掘が困難となり、1893年(明治26年)には操業を停止、三菱社への売却からわずか9年で閉山した[1][2]。隣の島である端島においても、1886年(明治19年)より本格的な石炭採掘が開始されており、中ノ島炭鉱閉山の3年前、1890年(明治23年)に、中ノ島炭鉱と同じ三菱社へと売却されている。

中ノ島炭鉱閉山後、島にはが移植され、花見が行えるように整備されたり、海浜レジャーの場として利用された[1][2]。歴史が下るにつれて、人口密度が急激に上昇した端島では緑化運動が広まり、その一環として中ノ島に緑化公園が造成されることとなった[3]。公園の造成は、1962年(昭和37年)より開始され、遊歩道展望台・遊具を設置した中ノ島水上公園が開園した[3]。また、端島には火葬場墓地が存在せず、中ノ島に火葬場と墓地(納骨堂)も設置されていた[1][2]

1974年(昭和49年)4月20日に端島炭鉱が閉山。中ノ島も端島と同様に放棄された[1]。以後は、釣り人が訪れる程度となっている[1]

島内には、竪坑を含む炭鉱時代の遺構や、水上公園の遺構、火葬炉・納骨堂の遺構などが点在している。

アクセス[編集]

島への定期便はないため、チャーター便を利用する必要がある。

脚注[編集]

外部リンク[編集]

国土地理院の地形図(中ノ島周辺)