世代会計

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世代会計は、今日と明日の子供たちが直面している財政負担を測定する方法。個人が一生の間に国に支払う額と国から受け取る額を世代別に推計する。ローレンス・コトリコフが1993年に刊行した著『世代の経済学』にみられる[1]。もとは彼の1984年財政赤字の妄想記事で始まる、問題を標識した経済学の「Kotlikoffの識別」から導かれた造語。

解説[編集]

コトリコフの財政言語相対性に関する個人および共著の研究では、政府の赤字を含む従来の財政措置が経済理論の観点から十分に定義されていないことを示している。 代わりに、それらの測定値は経済的に恣意的な財政表示の慣例を反映しており、コトリコフが言うように、「経済のラベル付けの問題」は、 GDP比が比較的小さい米国をはじめ、さまざまな国の財政状態の大きな誤解を招いているが、どの先進国も形のうえでは間違いなく財政が悪化しており、世代会計は今日のものとならびに明日の子供の財政負担を測る。政府の不足額を含めた、慣習的な財政計測は、経済理論の見通しからはよく定義されないだろうことを、コトリコフ個人での、ならびに共著の著作「relativity of fiscal language」は論証する。その代わり、その計測は経済的に気まぐれな財政の慣例の分類を反映する。GDPの割合に対して相対的に小さな負債を有するが、しかし、議論の余地のある、他のどの先進国よりも悪い財政の形である、アメリカ合衆国をもって始めとする、異なった国々の財政上の立場の正味の誤った指導をする、それを経済的分類問題: economics labeling problem)とコトリコフは名づける。コトリコフの経済的分類問題の出自は、The Public Interestでの彼の記事のDeficit Delusion(1984年)をもって始まっている。その記事は彼を世代会計へ押し動かし、ひとつの用語を彼が造語して、彼の1993年の本の題名のGenerational Accountingを与える事を導いた。

財政的な食い違いと世代会計はそれらの批判を有する。何人かの解説者は、政府が通世代間の予算に直面することがないことを信じる。それは財政的食い違いと世代会計の枠組みの基礎である。減税、または課税での巧妙な増加が正味の歳入において初めの損失に対してよりも大きな支払いになるだろう、ような十分な事の、経済を刺激するような歳出増加によりそれの債務を見出すことができると彼らは信ずる。他の評論家は世代会計はもっともらしい立論と、政府債務の根本的な誤解に基づくと信じる。世代会計のそのような以前の批判は2009年に発表された。[2]

脚注または引用文献[編集]

関連項目[編集]