ワット・アトヴィア

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ワット・アトヴィア
Wat Athvea
拝殿(左)と中央祠堂(中央)、経蔵(右)
基本情報
座標 北緯13度19分25秒 東経103度50分28秒 / 北緯13.32361度 東経103.84111度 / 13.32361; 103.84111座標: 北緯13度19分25秒 東経103度50分28秒 / 北緯13.32361度 東経103.84111度 / 13.32361; 103.84111
宗教 ヒンドゥー教
シェムリアップ州
カンボジアの旗 カンボジア
現況 遺跡
建設
形式 クメール建築英語版
様式 アンコール・ワット様式
完成 12世紀
資材 砂岩ラテライト
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ワット・アトヴィア: Wat Athvea 〈Wat Atvea[1]: Vat Athvea、アットヴィア寺院[2])は、カンボジアアンコール遺跡にある12世紀のヒンドゥー教寺院である[1]

地理[編集]

ワット・アトヴィアは、シェムリアップの南7キロメートルにあり、トンレサップに続いているシェムリアップ川沿いの道路の西側[3]、500メートルに位置する[1]。また、直線的になっている旧道のすぐ東にある。

周壁に囲まれたこの古代の構造物に隣接して、現在の仏教寺院(アトヴィア・パゴダ、Athvea Pagoda)や墓地がある。

かつて、ワット・アトヴィアには、トンレサップからアンコール・ワットに向かう参拝者が、参道沿いの札所として必ず立ち寄ったといわれる[2][3]

構造[編集]

寺院の様式およびそのデヴァター英語版(女神像)の独特なスタイルは、アンコール・ワットを建造した王スーリヤヴァルマン2世(1113-1150年頃)の統治中に建設されたことを示している[2][4]

寺院の正面は、アンコール・ワットと同じく西側にある[2]。これにより寺院はアンコール・ワットと同様、ヴィシュヌに捧げられたとものと考えられる[5]。また、もう一つの特徴として、中央祠堂を囲んで4つの経蔵が配置されていることが挙げられ[3]、このように、中央祠堂を囲む四隅に4つの経蔵が置かれた寺院はほかに見られない[5]

それらの特徴を除いて、ワット・アトヴィアは、同時代のトマノンなどの設計に全体として似る[5]ラテライトで築かれた周壁の四方に門があり、西側の塔門(ゴープラgopura)は、大きくて3部屋を持つ。そこから基壇上に拝殿(副室、マンダパ、mandapa)を備えた砂岩の中央祠堂へと続く。十字型の中央祠堂の四方は持送りアーチ(コーベルアーチ、corbel arch)となる[1]

1960年代初頭に、寺院はフランス極東学院: École française d'Extrême-Orient、EFEO)により修復を受けた[5]

デヴァター

寺院の彫刻は、その一部が未完成のままであり[1]、少なくとも西側の副室内の6か所に予定されたアンコール・ワット様式のデヴァターの浮彫りは、4つが完成し、そのうち3つが比較的良く保存されている[4]。その3体のデヴァターには、ハスの冠、首飾り、帯、腕輪、指輪、それに花柄のサンポット(sampotクメールのスカート衣装)などが示されている[4]

名称[編集]

ワット・アトヴィアは、カンボジア語の「扉」(トヴィア)にちなんでアンコール・ワットへの扉を意味しているともされ、また碑文にある「長い道程」(アットヴィア、adhva)にも通じるともいわれる[2]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e Rooney, Dawn F. (2011). Angkor: Cambodia's Wondrous Khmer Temples (6th ed.). Odissey. p. 355. ISBN 978-962-217-802-1 
  2. ^ a b c d e 坪井善明編 編『アンコール遺跡と社会文化発展』連合出版、2001年、231頁、275-276頁頁。ISBN 4-89772-166-0 
  3. ^ a b c 波田野直樹『アンコール遺跡を楽しむ』(改訂版)連合出版、2007年、196-197頁。ISBN 978-4-89772-224-5 
  4. ^ a b c Angkor Wat Devata at Wat Athvea”. Devata.org. 2015年8月29日閲覧。
  5. ^ a b c d Wat Athvea Temple, Other (statewide), Cambodia”. Asian Historical Architecture. 2015年8月29日閲覧。

参考文献[編集]

  • Briggs, Lawrence Palmer. The Ancient Khmer Empire, The American Philosophical Society, 1962.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]