ロンドン万国博覧会 (1862年)

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サウス・ケンジントンの万博会場
会場内の様子

1862年ロンドン万国博覧会(ロンドンばんこくはくらんかい, London International Exhibition on Industry and Art 1862, Expo 1862)は、1862年5月1日から11月1日までイギリスロンドンで開催された国際博覧会である。39ヶ国が参加し、会期中610万人が来場した。

成功裡に終わった1回目のロンドン万国博覧会 (1851年)より規模は拡大したが、入場者はさほど増えず収支は芳しくなかった[1]。特徴としては、国家主義が前面に出る万博となったこと、軍需産業の比重が高まったこと、産業機械製品ばかりでなく、彫刻や絵画といった美術品を数多く展示し、植民地からの製品も数多く展示するなど、展示品の幅が広がったことなどがある[1]

日本の参加[編集]

会場を見学する日本使節団。イラストレイテド・ロンドン・ニュース5月24日付記事[2]

正式参加ではないが、駐日英国公使であったラザフォード・オールコックが、自身で収集した漆器や刀剣、版画といった日本の美術品のほか、蓑笠や提灯、草履なども展示された[3]。また、開会式には文久遣欧使節の一行が参加し、日本が万博に関与した最初の事例となった。オールコックのコレクションに対するロンドンでの評価は、日本の国民性をみごとに表現したものとして評価され、ヨーロッパにおけるジャポニズムの契機にもなった[4]。日本の展示品は現地では絶賛されたが、使節団の淵辺徳蔵は『欧行日記』に「全く骨董品の如く雑具」、「かくの如き粗物のみを出せしなり」と不満を書き残している[3]。また、使節団の一員だった福沢諭吉がExhibitionを「博覧会」と訳したと言われる[3]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 1862年第2回ロンドン万博 日本人がはじめて見た万博国立国会図書館電子展示会「博覧会」
  2. ^ Reception and Reaction: (Un)official Japan at the 1862 Exhibition Visit 1862: exchanging the experience, January 27, 2016
  3. ^ a b c 1862年第2回ロンドン万博、日本人がはじめて見た万博 日本使節団国立国会図書館電子展示会「博覧会」
  4. ^ 博覧会における「文明」と「野蛮」の階梯 福田州平、大阪大学中国文化フォーラムOUFCブックレット 1, 26-46, 2013-03-20