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レイ・トムリンソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』
レイ・トムリンソン
レイ・トムリンソン（2004年）
生誕 レイモンド・サミュエル・トムリンソン
(1941-04-23) 1941年4月23日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州アムステルダム
死没 (2016-03-05) 2016年3月5日（74歳没）
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 マサチューセッツ州リンカーン（英語版）
教育 レンセラー工科大学（学士）
マサチューセッツ工科大学（修士）
職業 計算機科学者、プログラマ、発明家、電気工学者
活動期間 1965年 - 2016年
著名な実績 最初の電子メールシステムを発明
配偶者 アン・トムリンソン
子供 2人
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レイ・トムリンソン (Ray Tomlinson) ことレイモンド・サミュエル・トムリンソン（Raymond Samuel Tomlinson、1941年4月23日 - 2016年3月5日）は、アメリカ合衆国の計算機科学者[1][2][3][4]。1971年、インターネットの前身であるARPANET上で世界初の電子メールプログラムを実装したことで知られている[5][6][7][8]。

トムリンソンが開発したシステムは、ARPANETに接続された異なるホストコンピュータ間でユーザー同士がメールを送受信できる、史上初の仕組みであった。それ以前の電子メッセージは、同一のコンピュータを使用するユーザー間でしかやり取りできなかった。トムリンソンはこの課題を解決する過程で、ユーザー名とホスト名を区切る記号として「@」を採用した。この方式はその後、電子メールアドレスの標準形式として広く使用され続けている[9]。

インターネットの殿堂は、トムリンソンの業績について「トムリンソンの電子メールプログラムは人々のコミュニケーションのあり方を根本的に変え、完全な革命をもたらした」と評している[10][11]。また、HTTPをはじめとする多くの主要なインターネットプロトコルの基礎となるTCPの3ウェイ・ハンドシェイクの発明者としても評価されている[12]。

生い立ちと教育

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トムリンソンはニューヨーク州アムステルダムで生まれたが[13]、まもなく同州ブロードアルビン（英語版）にある非法人地域ヴェイル・ミルズ（英語版）に一家で移り住んだ[14][15]。父のレイモンド・トムリンソンはカーペット工場に勤務し、その後は食料品業界で働いた。母のドロシー・トムリンソンはクリーニング店に勤めていた[16]。彼は近くのブロードアルビン中央学校に通った[17]。その後、ニューヨーク州トロイにあるレンセラー工科大学 (RPI) に進学し、IBMとの協働教育プログラムに参加した。1963年、RPIで電気工学の学士号を取得した[18]。

RPI卒業後、電気工学の勉学を続けるためマサチューセッツ工科大学 (MIT) に入学。MITでは音声コミュニケーショングループ (Speech Communication Group) に所属し、音声合成を専門としていた。学生たちが『スペースウォー!』で遊んでいるのを見てコンピュータに興味を持つようになる[19]。このビデオゲームに魅了された彼は、デジタルシステムの研究により多くの時間を費やすようになり、自身の論文プロジェクトにもそれを取り入れた。修士論文の主題としてアナログ・デジタルハイブリッド音声合成装置を開発し、1965年に電気工学の修士号を取得した[14]。

経歴

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1967年、トムリンソンは技術企業ボルト・ベラネック・アンド・ニューマン（BBN、現レイセオンBBN）に入社した[20]。ここで彼は、ARPANETのネットワーク制御プログラム (Network Control Program; NCP)、Telnetの実装、および自己複製プログラム「Creeper」や「Reaper」を含むTENEXオペレーティングシステムの開発に携わった。

また、トムリンソンはARPANETに接続されたコンピュータ間でファイルを転送するためのプログラム「CPYNET」も開発した。1971年、彼は既存のプログラム「SNDMSG（英語版）」をTENEX上で動作するように改変するよう依頼を受けた[21]。SNDMSGは、同じタイムシェアリングコンピュータを使用するユーザーにメッセージを残すためのプログラムであった。彼はCPYNETのソースコードをSNDMSGに組み込み、ネットワークを介して異なるコンピュータ上のユーザーにメッセージを送信できるようにした。この革新によって、世界初のネットワーク電子メールシステムが誕生した[22]。

トムリンソンが最初に送信した電子メールは、隣り合わせに置かれた2台のコンピュータ間で送られたテストメッセージだった[23]。メッセージの内容は保存されておらず、トムリンソン自身は「おそらく『QWERTYUIOP』のような無意味な文字列だった」と述べている。この事実はしばしば「最初のEメールは『QWERTYUIOP』だった」と誤って引用されるが[24]、彼は後に「テストメッセージは完全に取るに足りないもので、だからこそ記憶に残っていないのだ」と語っている[25]。

宛先アドレスをローカルのユーザー名と区別するため、トムリンソンは受信者の位置 (user@host) を示す記号として「@」を採用した[26][27][28]。この形式は、現在の電子メールアドレスの標準となっている。この記号が選ばれた理由は、当時のユーザー名やTENEXのプログラミングでは使用されておらず、かつ意味を直感的に表現できたからである[13][14][29]。当時はあまり知られていなかったこのアットマークは、2010年にニューヨーク近代美術館の建築・デザイン部門のコレクションに加えられ、トムリンソンの功績とともに「コンピュータ時代を象徴するシンボル」と評された[13][14][29][30]。

当初、この電子メールシステムは特に重要視されていなかった。その開発は雇用主の指示によるものではなく、トムリンソンが「面白いアイデアだと思った」ことから独自に進めたものである[14]。彼が同僚にこのシステムを実演した際、「誰にも言うな！ これは我々の本来の仕事じゃないんだ」と冗談交じりに話したと伝えられている[31]。しかしこのような非公式な始まりにもかかわらず、このシステムはARPANETの研究者コミュニティで急速に普及し、ネットワーク上で最も長く使われるアプリケーションの一つとなった[13]。トムリンソンは後に、「電子メールが広く使われるようになったことに特に驚きはない」「電子メールは、概ね私が想定した通りの使われ方をしている」と述べている[32]。

また、トムリンソンは「e-mail」よりも「email」という表記を好んだ。2010年のインタビューでは、「私はただ世界のハイフンの供給を節約しているだけだ」「この言葉は、ハイフンを取ってもいいほど長く使われてきた」と冗談めかして語っている[33]。

晩年と死去

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トムリンソンはその後もBBNに勤務を続け、主任研究員 (Principal Scientist) としてキャリアの全期間を同社で過ごした[23]。私生活においてはコンシューマ向けテクノロジーとの関わりがごく限られており、『アトランティック』誌の記者エイドリアン・ラフランス（英語版）は、彼が携帯電話を所有せず、Facebookアカウントもごく最近になって作成したばかりだったことを挙げ、「自ら認めるラッダイト（技術嫌い）」と評している[34]。

2016年3月5日、マサチューセッツ州リンカーン（英語版）の自宅で心臓発作のため死去[18][20][35]。74歳没。彼の死去はテクノロジー業界に大きな反響を呼び、TCP/IPプロトコルの共同開発者であり「インターネットの父」の一人とされるヴィントン・サーフをはじめ、多くの関係者から追悼の言葉が寄せられた[36]。

受賞歴

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トムリンソンはその功績により、生涯にわたり多くの賞と栄誉を受けている。

2000年には、モンタナ州立大学（英語版）計算機科学部との共同によりアメリカコンピュータ博物館（英語版）からジョージ・R・スティビッツ・コンピュータパイオニア賞を受賞した[37]。翌2001年には、国際デジタル芸術科学アカデミー（英語版）よりウェビー賞生涯功績賞を授与され、さらに母校レンセラー工科大学の同窓生殿堂入りも果たしている[38]。

2002年には、米国の科学誌『ディスカバー』より技術革新賞 (Innovative Innovating Award of Innovation) を受賞[10]。続く2004年には、電子メール技術の発展における貢献を称えられ、デイブ・クロッカー（英語版）とともにIEEEインターネット賞を受賞した[10]。

2009年には、携帯電話の発明者として知られるマーティン・クーパーとともに、アストゥリアス皇太子賞科学技術研究部門を受賞している[39]。2011年には、マサチューセッツ工科大学 (MIT) 創立150周年を記念して作成された「MIT150（英語版）：イノベーターとアイデアのトップ150」において第4位に選出されたほか[10]、同年エドゥアルト・ライン財団文化賞を受賞した。

さらに2012年には、インターネットソサエティによってインターネットの殿堂入りを果たした[10]。

彼の業績は死後も讃えられており、2022年にはトムリンソンと彼が発明した電子メールを記念する祝日「Eメールの日 (Email Day)」が制定された。日付は彼の誕生日である4月23日が選ばれている[40]。

脚注

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  1. ^ “Email pioneer Ray Tomlinson dead at 74”. The Sydney Morning Herald (2016年3月6日). 2025年10月12日閲覧。
  2. ^ “E-mail inventor Ray Tomlinson, who popularized @ symbol, dies at 74”. Ars Technica (2016年3月6日). 2025年10月12日閲覧。
  3. ^ ABC News. “Inventor of Modern Email, Ray Tomlinson, Dies”. ABC News. 2025年10月12日閲覧。
  4. ^ Claudio Müller (2016年3月7日). “E-Mail-Pionier ist tot: Rest @ Peace, Ray Tomlinson”. CHIP Online. 2025年10月12日閲覧。
  5. ^ “Ray Tomlinson, email inventor and selector of @ symbol, dies aged 74”. the Guardian (2016年3月7日). 2025年10月12日閲覧。
  6. ^ Dante D'Orazio (2016年3月6日). “Inventor of email and savior of the @ sign, Ray Tomlinson, is dead at 74”. The Verge. Vox Media. 2025年10月12日閲覧。
  7. ^ “Ray Tomlinson, Inventor Of Modern Email, Dies”. NPR.org (2016年3月6日). 2025年10月12日閲覧。
  8. ^ “Email inventor Ray Tomlinson dies at 74”. BBC News. (2016年3月6日). https://www.bbc.com/news/business-35741116 
  9. ^ “The First Network Email”. 2025年10月12日閲覧。
  10. ^ a b c d e “Official Biography: Raymond Tomlinson”. Internet Hall of Fame. 2016年3月6日閲覧。
  11. ^ “Alumni/ae Notes - Rensselaer Polytechnic Institute (RPI)”. 2025年10月12日閲覧。
  12. ^ Cerf, Vinton; Dalal, Yogen; Sunshine, Carl (December 1974), RFC 675, Specification of Internet Transmission Control Protocol
  13. ^ a b c d “Ray Tomlinson obituary” (英語). the Guardian (2016年3月14日). 2022年11月3日閲覧。
  14. ^ a b c d e Grimes, William (2016年3月7日). “Raymond Tomlinson, Who Put the @ Sign in Email, Is Dead at 74”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2016/03/08/technology/raymond-tomlinson-email-obituary.html 
  15. ^ Subik, Jason (2010年10月17日). “Broadalbin native put the @ in your e-mail address”. The Daily Gazette (Schenectady, NY). http://www.dailygazette.com/news/2010/oct/17/1017_emailinventor/ 2016年4月4日閲覧。 
  16. ^ Marquard, Bryan (2016年3月12日). “Ray Tomlinson, @ 74; pioneer of e-mail”. The Daily Star. 2025年10月12日閲覧。
  17. ^ Varghese, Sam (2016年3月7日). “Email inventor Ray Tomlinson dead at 74”. iTWire. http://www.itwire.com/business-it-news/networking/71752-email-inventor-ray-tomlinson-dead-at-74.html 
  18. ^ a b Evan Koblentz (2016年3月5日). “Email inventor Ray Tomlinson dies at 74”. TechRepublic. 2025年10月12日閲覧。
  19. ^ Tomlinson, Ray (5 June 2009). “Oral History of Raymond (Ray) Tomlinson” (PDF) (Interview). Interviewed by Weber, Marc; Hendrie, Gardner. Cambridge, Massachusetts: Computer History Museum. pp. 2–3. 2025年4月7日閲覧.
  20. ^ a b ““電子メールの父”レイ・トムリンソンさん死去”. ITmedia NEWS (2016年3月17日). 2025年3月5日閲覧。
  21. ^ “Ray Tomlinson, who sent the first e-mail, has died”. The Economist. (2016年3月7日). https://www.economist.com/news/science-and-technology/21694354-raymond-samuel-tomlinson-died-march-5th-aged-74-email-pioneer 
  22. ^ Kawamoto, Dawn (2016年3月7日). “Creator Of Network Email Ray Tomlinson Dies”. InformationWeek. http://www.informationweek.com/software/creator-of-network-email-ray-tomlinson-dies/d/d-id/1324592 
  23. ^ a b Sell, Sarah Skidmore (2016年3月7日). “Raymond Tomlinson dies at 74; inventor of modern email”. Los Angeles Times. 2025年4月8日閲覧。
  24. ^ “Frequently Made Mistakes”. 2021年3月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年10月12日閲覧。
  25. ^ Mackey, Robert (2009年5月4日). “Internet Star @ Least 473 Years Old”. The New York Times. http://thelede.blogs.nytimes.com/2009/05/04/internet-star-least-473-years-old/ 2010年5月22日閲覧。 
  26. ^ Tomlinson, Ray. “The First Network Email” (英語). BBNテクノロジーズ. 2009年12月6日閲覧。
  27. ^ “Who sent the first email?” (英語). Ask Yahoo!. Yahoo! (2001年8月24日). 2009年12月6日閲覧。
  28. ^ 『記号とシンボルの事典』青土社、2019年、29頁。 
  29. ^ a b Fitzpatrick, Alex (7 March 2016). “How One Man Saved the '@' Symbol”. Time. 2025年4月8日閲覧.
  30. ^ Antonelli, Paola (2023年1月19日). “@ at MoMA”. Museum of Modern Art. 2025年4月8日閲覧。
  31. ^ Cavender, Sasha (5 October 1998). “Legends”. Forbes. 2016年2月2日閲覧.
  32. ^ Hicks, Jesse (2012年5月3日). “Ray Tomlinson, the inventor of email: 'I see email being used, by and large, exactly the way I envisioned'”. The Verge. 2025年4月8日閲覧。
  33. ^ Pasternack, Alex (2010年4月20日). “Ray Tomlinson Sent the First Email But His Inbox Is Still a Mess”. Motherboard. https://www.vice.com/en/article/q-a-ray-tomlinson-sent-the-first-email-but-his-inbox-is-still-a-mess/ 2016年3月7日閲覧。 
  34. ^ LaFrance, Adrienne (2016年3月7日). “Remembering Raymond Tomlinson, the Father of Email”. The Atlantic. 2025年4月11日閲覧。
  35. ^ “電子メール発明のレイ・トムリンソン氏死去 74歳”. AFP🔵BB News (2016年3月7日). 2025年3月5日閲覧。
  36. ^ “Ray Tomlinson: Email inventor dies aged 74”. AFP. Australian Broadcasting Corporation. (2016年3月7日). https://www.abc.net.au/news/2016-03-07/email-inventor-ray-tomlinson-dies-aged-74/7225748 2025年4月11日閲覧。 
  37. ^ “The Stibitz/Wilson Awards”. American Computer & Robotics Museum. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年3月6日閲覧。
  38. ^ “Alumni Hall of Fame: Raymond S. Tomlinson”. Rensselaer Polytechnic Institute. 2011年7月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年10月12日閲覧。
  39. ^ “The fathers of the mobile phone and email, Prince of Asturias Award Laureates for Technical and Scientific Research” (Press release) (英語). The Prince of Asturias Foundation. 17 June 2009. 2012年7月16日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2009年12月6日閲覧.
  40. ^ “National Email Day” (2022年4月21日). 2023年1月11日閲覧。

関連文献

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外部リンク

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