ラドゥ・ルプ

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ラドゥ・ルプルーマニア語: Radu Lupu [ˈradu ˈlupu]、ヘブライ語: ראדו לופו‎、1945年11月30日生まれ)はルーマニア出身のピアニスト。日本ではラドゥ・ルプーという表記が多く見られ、招聘会社KAJIMOTOによる表記も同じ。ただし、本来 Lúpu の末尾の音節の読みは短く「プ」である。

略歴[編集]

少年期にピアノを学び始め、1959年ブカレスト音楽院でフロリカ・ムジチェスクに入門、リパッティと同門になる。1960年より1968年までモスクワ音楽院に留学してスタニスラフ・ネイガウスらに師事。1966年第2回ヴァン・クライバーン国際コンクール1967年エネスコ国際コンクール1969年リーズ国際ピアノ・コンクールにおいてそれぞれ優勝者となった。

彼の名を有名にしたのは、「ヴァン・クライバーン国際コンクールの副賞であるコンサート契約を全部断って帰国した」ことである。これがソ連当局の要請なのかどうかは不明であるが、この行動はかなり話題となった。もちろん、これでアメリカへの演奏はしばらくは叶わなくなってしまったものの、リーズ国際優勝後Deccaと契約し、そのディスクの名声によってアメリカにデビューするという二重の手間をかけた活動でも知られる。

1969年11月のリサイタルでロンドン・デビューを成功させたのを機に、以降はイギリスを本拠に国際的な演奏活動を行う。1972年米国デビューし、1978年にはザルツブルク音楽祭にも出演。1973年を皮切りにたびたび来日している。しかし、体調不良も多く2010年代の来日はドクターストップがかかり一日で帰国した。ロンドン・デビュー当時には地元紙により「千人に一人のリリシスト」と呼ばれ、以降、ルプを形容する表現として使用されている。

録音[編集]

CDはDECCAレーベルを中心にリリースされている。ベートーヴェン(ピアノ・ソナタ、協奏曲)、シューベルト(ピアノ・ソナタと即興曲・小品集)、ブラームスピアノ・ソナタ第3番と後期小品集)、シューマン(クライスレリアーナ・子供の情景ほか)等がある。シモン・ゴールドベルクとの共演によるモーツァルトシューベルトヴァイオリン・ソナタの録音は、定番として知られている。また、マレイ・ペライアとはピアノ・デュオでモーツァルトを、ダニエル・バレンボイムとはシューベルトの作品集を録音している。

外部リンク[編集]