ヨアシュ (イスラエル王)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
ヨアシュ
יהואש‎
北イスラエル王
Jehoash of Israel.jpg
在位 紀元前798年頃 - 紀元前782年
死去 紀元前782年
子女 ヤロブアム2世
王朝 イエフ朝
父親 ヨアハズ
テンプレートを表示

ヨアシュは、北イスラエル王国第12代の王で、エフー(イエフ)王朝第3代の王である。ヨアシとも表記する。

生涯[編集]

(以下、特筆がない場合『列王記』下13章~14章、『歴代誌』下25章より引用。)

ヨアハズ(エホアハズ)の子として生まれ、紀元前798年に王位に就いて16年間王位にあった。彼もヤロブアム王の偶像礼拝の伝統を継承した。

ただし、預言者エリシャには敬意を払い、このため彼が晩年寝込んでいるときに見舞いに向かったところ、エリシャはヨアシュに弓を射るように命じた。そして、アラムに3回勝つことを預言した。祖父エフー、父エホアハズの時に領土の一部がアラムに奪われていたが、アッシリアがこのアラムを征服するようになり、アラムがアッシリヤに過酷な貢物を課せられて国力の衰えた時に、ヨアシュはアラムのベン・ハダデと戦って、奪われていた領土を取り返した。

ヨアシュはまた、ユダ王国アマツヤの挑戦に応じ、ベテ・シェメシュの戦いでユダに大勝してアマツヤを捕らえ、エルサレムに進撃して、神殿の財宝と人質をとってサマリアに凱旋した。

なお、『列王記』(下13:11)では、他の北イスラエルの王と同様「主の御前に悪を行った」で片づけられているが、フラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ古代誌』第IX巻8章6節では北イスラエル王の中で唯一良い評価をされており[1]、「彼は徳高高い君子で、その性向は父親と正反対だった。」としている[2]

参考文献[編集]

  • 「新聖書辞典」いのちのことば社、1985年

脚注[編集]

  1. ^ 彼の祖父のイエフは同巻同章1節でバアル信仰廃絶など活動の後「神に対する奉仕を怠っていた。」としており、そこまで評価はよくない。
  2. ^ フラウィウス・ヨセフス 著、秦剛平 訳『ユダヤ古代誌3 旧約時代編[VIII][IX][X][XI]』株式会社筑摩書房、1999年12月、ISBN 4-480-08533-5、P194。