ヤコフ・ザーク

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ヤーコフ・イズライロヴィチ・ザーク
Jakow Zak1937.jpg
基本情報
生誕 (1913-11-20) 1913年11月20日
出身地 ロシア帝国の旗 ロシア帝国ウクライナオデッサ
死没 (1976-06-26) 1976年6月26日(62歳没)
学歴 オデッサ音楽院モスクワ音楽院
ジャンル クラシック音楽
職業 ピアニスト・音楽教師
担当楽器 ピアノ

   

ヤーコフ・イズライロヴィチ・ザーク[1]ロシア語: Яков Израилевич Зак;ウクライナ語: Яків Ізраїлович Зак; Yakov Izrailevich Zak, 1913年11月20日 オデッサ - 1976年6月28日 モスクワ)はソヴィエト連邦ピアニスト・音楽教師。

概要[編集]

1913年、オデッサにてユダヤ系ウクライナ人の家庭に生まれる。地元の音楽学校を卒業した後、1930年から1932年にかけてオデッサ音楽院ピアノ科でマリア・スタルホヴァ(Мария Митрофановна Старкова)に師事。同時に和声などをニコライ・ヴィリンスキー(Н. Н. Вилинский; Mykola Vilinsky)について学ぶ。1932年にモスクワへ移り、1932年から1935年までモスクワ音楽院ゲンリフ・ネイガウスに師事。

1935年にデビューを果たし、1937年ショパン・コンクールにおいて優勝ならびにマズルカ賞を勝ち取ると、一躍その名が知られるようになった。1935年より母校のモスクワ音楽院の教壇に立ち、1947年には同音楽院教授、1965年には学科長に昇進した。1966年ソ連人民芸術家に選ばれた。

主要な門人に、ニコライ・ペトロフヴァレリー・アファナシエフユーリ・エゴロフらがいる。

録音[編集]

クルト・ザンデルリングと共演したブラームス ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 Op.83の1949年の録音などがある[2]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ウクライナ語ではヤキウ・イズライロヴィチ・ザーク。
  2. ^ 野焼きの夕に聴く、ブラームス ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 Op 83 ヤコフ・ザーク、指揮アレクサンドル・ザンデルリングレニングラード・フィルハーモニー交響楽団、1949年(著作権切れ音源)