ミサキ

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ミサキは、日本悪霊精霊などの神霊の出現前に現れる霊的存在の総称である。名称は主神の先鋒を意味する「御先」(みさき)に由来する[1]

概要[編集]

熊野本宮大社の八咫烏の旗
伏見稲荷の狐

ミサキは高位の神霊に従属しており、神霊が人間界に現れる際に、その予兆や使いのような役割を果たす小規模の神霊といわれている[2][3][4]

ミサキは動物の例が良く見られる。日本神話に登場する八咫烏もミサキの一種であり、八咫烏が神武東征の際に神武天皇の先導をしたことに、ミサキの性格がよく現れている[5]。また稲荷神神使であるもまたミサキの一種であり、この八咫烏や狐のように、重要なことや神の降臨に先駆けて現れるものがミサキとされている[1]福島県いわき地方では、1月11日に田に初鍬を入れて「カミサキ、カミサキ」と言って鳥を呼び込み、その年の豊作を祈願する「ノウタテ」という行事がある[5]

憑き物としてのミサキ[編集]

民間信仰において、特に西日本ではミサキは憑き物の信仰と結びつき、行逢神ひだる神などのように、不慮の死を遂げて祀られることのない人間の怨霊が人に憑いて災いをなすものとされることが多い[1][4]。前述のようにミサキは霊としては小規模だが、小規模であるほどその祟り方も顕著だという[3]。ミサキは一般には眼に見えないものとされ[6]、ミサキとの遭遇は体調不良など一種の予感として現れるものが多い[3]。寂しい道を歩いている最中の突然の寒気や頭痛はミサキのためという[3]。ミサキは風を伴うものといわれることが多いことから、こうした病状を「ミサキ風にあたった」などという[3]山口県萩市六島町では脳溢血で倒れた人を同様に「ミサキ風にあたった」という[7]。中国地方では横死した人間の霊がミサキになるという[3]

憑き物としてのミサキは現れる場所によって、山ミサキ山口県四国)、川ミサキ(四国)と呼ばれ、川ミサキが山に入ると山ミサキになるともいう[8]徳島県三好郡では川で疲労を覚えることを「川ミサキに憑けられた」という[9]

四国ではこうした憑き物をハカゼといって、人や家畜がこれにあたると病気になったり、時には命を落とすこともあるという[10][11]

高知県福岡県ではミサキは船幽霊の一種と見なされ、海で死んだ者の霊がミサキになるといい、漁船に取り憑いて、船をまったく動かなくするなどの害をなすといわれている[3][12]。これは俗に「七人ミサキ」と呼ばれ、飯を炊いた後の灰を船の後方から落とすと離れるという[12]福岡県でも同様に船幽霊の一種とされる[12]

また西日本のみならず青森県津軽地方では、ミサキに憑かれると全身に冷水をかけられたように体の震えが止まらなくなり、高知と同様に飯を炊くのに使った薪のを船から落としてミサキを祓うという[6]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 桜井徳太郎 編『民間信仰辞典』東京堂出版、1980年、276-277頁。ISBN 978-4-490-10137-9 
  2. ^ 草野巧『幻想動物事典』新紀元社Truth In Fantasy〉、1997年、296頁。ISBN 978-4-88317-283-2 
  3. ^ a b c d e f g 草野巧、戸部民夫『日本妖怪博物館』新紀元社、1994年、246頁。ISBN 978-4-88317-240-5 
  4. ^ a b 村上健司編著『妖怪事典』毎日新聞社、2000年、318頁。ISBN 978-4-620-31428-0 
  5. ^ a b 宗教民俗研究所編『ニッポン神さま図鑑』祥伝社〈祥伝社黄金文庫〉、2003年、135-136頁。ISBN 978-4-396-31337-1 
  6. ^ a b 多田克己『幻想世界の住人たち IV 日本編』新紀元社〈Truth In Fantasy〉、1990年、175頁。ISBN 978-4-915146-44-2 
  7. ^ 桜田勝徳. “島 1巻3号 長門六島村見聞記(下)”. 怪異・妖怪伝承データベース. 国際日本文化研究センター. 2008年6月26日閲覧。
  8. ^ 『妖怪事典』、127頁。 
  9. ^ 武田明. “民間伝承 4巻2号通巻38号 山村語彙”. 怪異・妖怪伝承データベース. 2008年6月26日閲覧。
  10. ^ 和田正洲. “民俗 通巻24号 ミサキ”. 怪異・妖怪伝承データベース. 2008年6月26日閲覧。
  11. ^ 中央大学民俗研究会. “常民 3号 ハカゼ 高知県幡多郡三原村 調査報告書”. 怪異・妖怪伝承データベース. 2008年6月26日閲覧。
  12. ^ a b c 千葉幹夫『妖怪お化け雑学事典』講談社、1991年、63-64頁。ISBN 978-4-06-205172-9