マーティンエアー495便着陸失敗事故

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マーティンエアー 495便
Martinair DC-10-30CF PH-MBN FAO 1992-12-21.png
事故直後に撮影された事故機の画像
出来事の概要
日付 1992年12月21日
概要 マイクロバースト
現場 ポルトガルの旗 ポルトガルファーロ県 ファロ
乗客数 327
乗員数 13
負傷者数
(死者除く)
106
死者数 56
生存者数 284
機種 マクドネル・ダグラス DC-10-30CF
運用者 マーティンエアー
機体記号 PH-MBN
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マーティンエアー495便着陸失敗事故(Martinair Flight 495)は、1992年12月21日に発生した航空事故オランダ格安航空会社マーティンエアーマクドネル・ダグラス DC-10-30CFファロ空港への着陸に失敗し、乗客乗員340人中56人が死亡した。

概要[編集]

1985年に撮影された事故機

1992年12月21日、オランダの首都アムステルダムアムステルダム・スキポール空港ポルトガルファロファロ空港行きのマーティンエアー495便は1975年製造のマクドネル・ダグラス DC-10-30CF、機体記号PH-MBN、愛称「Anthony Ruys」によって運航されていた。この便はチャーター便であり、アルガルヴェでクリスマス休暇を過ごす人々が多数搭乗していた。しかし、午前7時30分頃(UTC)、ファロ空港への着陸動作中にウィンドシアに巻き込まれ、滑走路にハードランディングした。この際に垂直速度がマクドネル・ダグラス社が想定した設計限界速度を超過していたため、着陸と同時に右側のランディングギアが破損し、直後に胴体が複数に分解。さらに右主翼内の燃料タンクが破裂して航空ガソリンに引火し、炎上した。この事故で乗客乗員合わせて340名の内、乗客54人、乗員2人の計56人が死亡、106人が重傷を負った。

事故原因[編集]

事故機が着陸態勢に入っていた際、空港付近には大規模な積乱雲があり、激しい雷雨が降っている状況で、空港は積乱雲の真下にあった。この環境下で一度着陸動作を行ったが着陸できず、二度目の着陸動作を行っている際に強いマイクロバーストに巻き込まれ、滑走路に叩き付けられるように着地したことが事故の原因とされた。

なお、スキポール国際空港を離陸する前の段階で、当該機のスラストリバーサに異常が認められていたが、機体の交換などを行わずそのままフライトしたため、当初はスラストリバーサの異常が墜落原因と疑われた。しかし、後にポルトガルが行った事故調査において、スラストリバーサの異常は墜落の要因ではないと結論付けられた。

関連項目[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]