マリーア・マッダレーナ・ダウストリア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
マリーア・マッダレーナ・ダウストリア
Maria Maddalena d'Austria
Tiberio Titi, maria maddalena d'austria.jpg
マリーア・マッダレーナ・ダウストリア(ティベリオ・ティティ画、ウフィツィ美術館所蔵)
出生 (1589-10-07) 1589年10月7日
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国グラーツ
死去 (1631-11-01) 1631年11月1日(42歳没)
Flag of Most Serene Republic of Venice.svg ヴェネツィア共和国パドヴァ
配偶者 トスカーナ大公コジモ2世
父親 オーストリア大公カール2世
母親 マリア・アンナ・フォン・バイエルン
テンプレートを表示

マリーア・マッダレーナ・ダウストリア(Maria Maddalena d'Austria, 1589年10月7日 - 1631年11月1日)は、トスカーナ大公コジモ2世妃。ドイツ語名マリア・マグダレーナ・フォン・エスターライヒ(Maria Magdalena von Österreich)。

生涯[編集]

オーストリア大公カール2世神聖ローマ皇帝フェルディナント1世の三男)とマリア・アンナ・フォン・バイエルン(カール2世の姉アンナの娘)の娘として、グラーツで生まれた。

1608年、コジモと結婚。8子をもうけた。

マリーア・マッダレーナはパドヴァで亡くなった。