ボーヴォワール (オワーズ県)

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Beauvoir
Beauvoir m.JPG
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) オー=ド=フランス地域圏
(département) オワーズ県Blason département fr Oise.svg
(arrondissement) クレルモン郡
小郡 (canton) サン=ジュスト=アン=ショーセ小郡
INSEEコード 60058
郵便番号 60120
市長任期 ローラン・トリブー
2014年 - 2020年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes des Vallées de la Brèche et de la Noye
人口動態
人口 278人
2012年
人口密度 27人/km2
住民の呼称 Beauvairois
地理
座標 北緯49度36分13秒 東経2度19分41秒 / 北緯49.6036度 東経2.3281度 / 49.6036; 2.3281座標: 北緯49度36分13秒 東経2度19分41秒 / 北緯49.6036度 東経2.3281度 / 49.6036; 2.3281
標高 平均:m
最低:97m
最高:165 m
面積 10.27km2 (1 027ha)
Beauvoirの位置(フランス内)
Beauvoir
Beauvoir
公式サイト villagebeauvoir60.fr
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ボーヴォワールBeauvoir)は、フランスオー=ド=フランス地域圏オワーズ県コミューン

地理[編集]

ボーヴォワールは、ブルトゥイユや他多くのコミューンのパノラマが見下ろせる標高97mの地点に腰掛けるようにしてある。コミューンはボーヴォワールおよび2つの集落、ラ・フォリー・ド・ボーヴォワールとおよそ1km離れたところにあるエヴォショー集落からなる。

由来[編集]

エヴォショー集落のカルヴェール

ボーヴォワールはおそらくラテン語のBellum videreに語源がある。1149年にBellovidere、1229年にBelvoier、1258年にBellum Videre、1270年代にBeauveir、1399年にBiauvoir、その後、Belvoyer、Beauavoir、最終的にBeauvoirとなった。しかしながらボーヴォワールはボーヴェのようにBello(ガリア系のベロウァシ族)が語源であることを排除しているわけではない。

歴史[編集]

ローマ街道を通過する、墓地の風景

伝説によれば、ボーヴォワールはユリウス・カエサルの冗談が話の背景にある。遠征中の彼は、ボーヴォワールの頂上に腰掛け、サン・ドニの谷で起きた火事を見ていた。谷にはガロ=ローマの劇場Bratus Spantiumがあった。カエサルはその後『なんと美しい眺めか!』(Comme c'est beau à voir !)と叫んだ。ボーヴォワールの歴史はよくカエサル時代にさかのぼる。ヴァンドゥイユ=カプリおよびボーヴォワール、サンタンドレ・ファリヴィレールに部分的に伸びるガロ=ローマ遺跡はBratuspantiumというオッピドゥムであったと考えられる。サン・ジュスト・アン・ショーセからアミアンへ向かう古いローマ街道はボーヴォワールの墓地の近くを通過する。

人口統計[編集]

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2012年
219 217 169 172 202 217 269 278

source=1999年までLdh/EHESS/Cassini[1]、2004年以降INSEE[2][3]

史跡[編集]

  • サン・ドニ教会 - 1865年にレンガのみで建設された。しかし合唱隊は18世紀からある。建物は28mの高さがあり、てっぺんには金属製のニワトリ像がある。前身の教会は同じ場所にはなかった。旧教会はサン・ドニ谷から遠くない、コミューン西側の墓地にあった。

脚注[編集]