ボヤール

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17世紀のボヤールの1人、ピョートル・ポチョムキン英語版の肖像画。ゴドフリー・ネラー作、1682年。

ボヤールは、中世ロシアやスラブ系諸国に存在した支配階級である。ルーマニア語ではボイェールルーマニア語: boier, IPA: [boˈjer] ( 音声ファイル))。

軍事に関する重要な役職を務め、ドゥーマと呼ばれる国家会議では公(クニャージ)やツァーリへの助言を行った。

13世紀、14世紀においては、クニャージへ助言を与える裕福な地主であったが、他の土地や公へ仕える自由もあった。

祖先に先代の公や諸外国の貴族を持つボヤールは15世紀から17世紀のモスクワにおいては、貴族制と強固な関係にあり、200前後のボヤール家が存在した。ヨーロッパの観念からすると高潔とは言えない行儀作法を持ち、多くの者は文字を読むことができなかった。旅行に出ることは少なく、外国のもの全てに懐疑的であった。

17世紀になると地位が低下しはじめ、18世紀初期には、ピョートル1世によってボヤールの称号は廃止された。

関連図書[編集]

  • Wikisource-logo.svg Bain, Robert Nisbet (1911). "Boyar" . In Chisholm, Hugh. Encyclopædia Britannica (in English). 4 (11th ed.). Cambridge University Press. p. 352.

関連項目[編集]