ブラ-ケット記法
![]() |
ブラ-ケット記法(ブラ-ケットきほう、英: bra-ket notation)は、量子力学における量子状態を記述するための標準的な記法である。
この名称は、2つの状態の内積がブラケットを用いて ⟨φ|ψ⟩ のように表され、この左半分 ⟨φ| をブラベクトル、右半分 |ψ⟩ をケットベクトルと呼ぶことによる。この記法はポール・ディラックが発明した[1]ため、ディラックの記法とも呼ぶ。
また、ある状態 において、可観測量 の期待値 は演算子をブラとケットで挟んだものである。
初学者向けの説明として、ケットは列ベクトル、ブラは行ベクトルに対応させる場合がある(行列表示を参照)。
この記法の利点として
- 基底に依存しない記述が可能
- 固有値が離散、連続どちらの場合も統一的に扱える
- 中身の書き方を自由に工夫して記述できる(パラメータだけを並べて |n, l, m⟩ としたり、|生きている猫⟩ と書くこともできる)
この記法は量子力学で多用される内積記法である。ディラックの説明によればケット |ψ⟩ の空間においてブラ ⟨φ| は線形汎関数を表す、すなわちブラは双対空間に属しており、無限次元の場合ブラの空間はケットの空間より広い場合がある。しかし、ブラの空間にはケットの空間と同型の部分空間が必ず存在し、ケットの内積は常に定義できる。量子力学においては、ケットもブラも量子状態を過不足なく表すもので、ケットに対応しないブラには物理的意味がないので、ブラの空間としてはケットの空間と同型のものしか考えない。
正規直交基底とブラケット記法[編集]
正規直交基底のうち2つのラベルを α, β として、内積をブラ-ケット記法で表すと、離散基底ではクロネッカーのデルタを用いて
連続基底ではデルタ関数を用いて
となる。
また正規直交基底の完全性は離散基底、連続基底でそれぞれ
と表現される。ただし連続基底の場合の第2式は数学的に問題があると指摘されている[4](量子力学の数学的定式化#スペクトル分解と観測も参照)。
第二量子化とブラケット記法[編集]
と定義する。この時 a† がフェルミ粒子を表す演算子なら、これらは反交換関係 {a †
α , a †
β } = 0 を満たすので、
となり、反対称化されている。
また a† がボース粒子を表す演算子であれば、これらは交換関係 [a †
α , a †
β ] = 0 を満たすので、
となり、対称化されている。
波動関数との関係[編集]
ケット |ψ⟩ と、(位置表示の)波動関数 ψ(x) の関係は以下のように表される[5]。
ただし、位置を表す演算子 の固有値を x 、対応する固有ケットを |x⟩ とする;。
脚注[編集]
- ^ P. Dirac 著、朝永振一郎 他 訳 『量子力学 原著第4版』岩波書店、1968年。
- ^ 北野正雄、誤解されているブラケット―共役演算子をめぐって https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/173934/1/Butsuri_68(4)_239.pdf
- ^ 北野正雄 ブラケット記法の機微―双対構造と内積構造 http://www.sceng.kochi-tech.ac.jp/koban/quatuo/lib/exe/fetch.php?media=2012:kitano2.pdf
- ^ 原隆、数学者のための量子力学入門、https://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~hara/lectures/09/QM_structure2.pdf
- ^ 北野正雄 『量子力学の基礎』共立出版、2010年、95-96頁。ISBN 978-4-320-03462-4。
関連項目[編集]