フリーデリケ・ルイーゼ・フォン・プロイセン

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フリーデリケ・ルイーゼ・フォン・プロイセン
Friederike Luise von Preußen
Friederike Louise von Brandenburg-Ansbach.jpg
出生 (1714-08-29) 1714年8月29日
プロイセン王国の旗 プロイセン王国ベルリン
死去 (1784-02-04) 1784年2月4日(69歳没)
配偶者 ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯カール・ヴィルヘルム・フリードリヒ
子女 カール・アレクサンダー
ヴィルヘルミーネ・エレオノーレ
父親 プロイセンフリードリヒ・ヴィルヘルム1世
母親 ゾフィー・ドロテア・フォン・ハノーファー
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フリーデリケ・ルイーゼ・フォン・プロイセンFriederike Luise von Preußen1714年8月29日 - 1784年2月4日)は、ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯カール・ヴィルヘルム・フリードリヒの妃。プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世と王妃ゾフィー・ドロテアの3女として、ベルリンで生まれた。

1729年5月、同族であるブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯カール・ヴィルヘルムと結婚。4子をもうけたが、成人したのは2人だった。

なお、2年後の1731年に姉のヴィルヘルミーネが同じく同族のブランデンブルク=バイロイト辺境伯フリードリヒ3世と結婚した。

辺境伯妃フリーデリケ・ルイーゼ