ファン・ランダエタ

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ファン・ランダエタ
基本情報
本名 ファン・ホセ・ランダエタ
通称 Baby
階級 ライトフライ級
身長 163cm
リーチ 168cm
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
誕生日 (1978-10-07) 1978年10月7日(40歳)
出身地 マトゥリン
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 37
勝ち 27
KO勝ち 21
敗け 9
引き分け 1
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ファン・ランダエタJuan Landaeta、男性、1978年10月7日 - )は、ベネズエラプロボクサーマトゥリン出身。元WBA世界ミニマム級暫定王者サウスポーのボクサーファイター。

来歴[編集]

1999年12月7日、プロデビュー(初回KO勝ち)。

2000年12月16日、WBAフェデラテンミニマム級王座獲得。その後、初防衛戦を行うことなく返上。

2002年5月28日、同国人のノエル・アランブレットと空位のWBAフェデラテンミニマム級王座を争い、12回判定負け。王座返り咲きならず。なお、この試合はWBA世界ミニマム級王座の挑戦者決定戦も兼ねて行われた。

2003年10月17日、WBAフェデボルミニマム級王座を獲得。

2004年1月31日、世界初挑戦。WBA世界ミニマム級王者となったアランブレットの防衛戦不履行に伴い、同級の暫定王座決定戦に出場。元同級王者チャナ・ポーパオインタイ)と対戦。ダウンを奪われる苦戦を強いられたが、12回判定勝ちを収め、王座獲得に成功。5月5日の初防衛戦ではチャナと再戦し、前回同様フルラウンドの死闘の末、引き分け。辛くも防衛に成功する。その後、正規王者のアランブレットは元王者新井田豊との防衛戦を翌日に控えた7月2日の計量で失格となり王座剥奪。試合も12回判定負け。新井田が新王者に輝いた。

2004年10月30日、正規王者新井田豊と王座統一戦を行ったが、12回判定負けを喫し、王座から陥落。

2005年5月28日、WBAフェデラテンミニマム級王座決定戦再出場。カルロス・メロ(パナマ)を12回判定に降し、王座再獲得。WBA世界ミニマム級王座の挑戦者決定戦も兼ねていたため、同時に指名挑戦権も獲得した。しかし、初防衛戦を行うことなく8月に王座返上。世界王座への指名挑戦権も行使することはなかった。その後、1階級上のライトフライ級に転向。

2006年8月2日、2階級制覇を懸けWBA世界ライトフライ級王座決定戦に出場。亀田興毅と対戦し、1度のダウンを奪う健闘を見せるも、僅差の12回判定負け。しかし、この試合は開催国となった日本からも「ランダエタが勝っていた」という声が多く聞かれるほどの社会問題にまで発展。帰国後、日本のファンから母国の日本大使館を通じて判定に対する謝罪や激励のメールが数多く送られた。12月20日、亀田と再戦したが、今度は今までのKO狙いとは違う亀田のアウトボクシングに調子を狂わされ、12回判定で完敗。

2008年6月7日、WBAフェデラテンフライ級王座決定戦に出場。ロナルド・バレラ(コロンビア)を11回判定に降し、WBAフェデラテン王座の2階級制覇を果たした。

2010年1月30日、1年7ヵ月ぶりの試合。フランシスコ・ロサス(メキシコ)とWBA世界ライトフライ級挑戦者決定戦で対戦したが、12回判定で敗れた。

2014年12月18日、ラ・ビクトリアにてホセ・イグナシオ・サンチェスと対戦し、7回20秒TKO勝ちで4年11ヵ月ぶりの復帰戦を白星で飾った。

2015年6月7日、兵庫県三田市の三田市総合文化センター郷の音ホールでマーク・ジョン・ヤップバンタム級6回戦を行い、0-3(53-60、54-59が2者)の判定負けを喫し8年半ぶりとなる日本のリングで復帰2戦目を白星で飾ることが出来なかった[1]

2015年6月、石川県金沢市のカシミボクシングジムへ3年契約で移籍した。

2016年4月27日、大田区総合体育館でWBA世界ライトフライ級王者の田口良一と対戦し9回に2度、10回に1度、11回に2度の計5つのダウンを奪われキャリア初のKO負けとなる11回終了時棄権によるTKO負けを喫し2階級制覇に失敗した[2][3]

亀田との試合[編集]

2006年8月2日に横浜アリーナで亀田興毅と対戦。1Rでダウンを奪い、その後も優勢に試合を進めるも、1-2で判定負けを喫した。ただしこの判定はメディアで「疑惑の」「不可解な」「露骨な」と形容されるものであった。ベネズエラのエル・ウニベルサル紙も「日本人観客でさえ当惑する判定」と報じた。

放送したTBSには3日15時までに電話での問い合わせが5万件以上あった。スタッフは応対しきれず、そのほとんどに対して混み合っている旨の自動案内が流れた。

判定に関してはラウンドマスト方式の影響を指摘する声が多く、亀田選手はダウンを奪われてもその後コツコツと有効打を重ねることでポイントを逆転したとの分析がある。

この試合後のランダエタは「判定内容に不満はあるが、WBAに抗議はしない。判定がおかしかったのは会場にいた皆さんが一番よく知っている」とコメント。微妙な判定に苦言を呈した。

在日ベネズエラ大使館が現在ウェブサイトを持たないため、在ベネズエラ日本国大使館のメール送信フォームのリンクが様々なサイトに貼られることになった。判定では負けたが、判定に納得できない日本の視聴者からメールが在ベネズエラ日本国大使館を通じてランダエタ選手宛に寄せられたことがある。 ランダエタは帰国後に日本大使館からメールを受け取り、「もし、再度日本に行くチャンスがあれば、今度は日本の皆様の誠意にその試合を捧げたいと思います」とコメントした[4]

亀田興毅との再試合[編集]

試合ならびにベルトを管理するWBAはこの試合の後、敗れたファン・ランダエタの世界ランキングを据え置きの1位とした。通常、直近の試合に敗れた選手はランキングが下がるものであるが、このランキングは単純に試合結果や担当ジャッジの判断だけで動くのではなく、試合内容やWBAによる試合の査定を元に判断する。WBAの規定では、王座決定戦による新チャンピオンの初防衛戦はランキング1位の選手と行う様に定められているので、事実上、WBAの裁量によって、亀田興毅とファン・ランダエタに対し再戦が命じられたことになる。

亀田が所属する協栄ジムの金平桂一郎会長は、2006年10月中に再戦する予定であると発表したが、亀田が練習中に目を負傷したことにより、同年12月20日に延期となった。

再戦ではランダエタ有利との見方が多い中、以前とは打って変わってアウトボクシングに徹した亀田に苦戦し、0-3で判定負けを喫した。

試合内容としても明らかに亀田が押しており、納得の結果が出て前回の疑惑判定によるもやもやが吹き飛んだかと思いきや、インタビューに対し、ランダエタ本人は再戦での負けに関して、「あの試合では、会場がとても寒かったんだ。あれさえなければ、私は勝っていたよ」などとコメントを残している。

戦績[編集]

  • アマチュアボクシング:169戦 153勝 16敗
  • プロボクシング:37戦 27勝 21KO 9敗 1分
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 1999年12月7日 勝利 1R KO マヌエル・セケラ ベネズエラの旗 ベネズエラ プロデビュー戦
2 2000年3月2日 勝利 1R KO エドウィン・マドリッド  コロンビア  
3 2000年4月1日 勝利 3R TKO ジョンソン・ディアス ベネズエラの旗 ベネズエラ  
4 2000年5月15日 勝利 1R KO フィデル・ゴンザレス ベネズエラの旗 ベネズエラ  
5 2000年6月17日 勝利 2R KO ファン・パブロ・カスティーリョ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国  
6 2000年7月1日 敗北 6R 判定 ミゲール・バレラ  コロンビア  
7 2000年8月5日 勝利 2R TKO ウーゴ・ディアス  コロンビア  
8 2000年8月26日 勝利 3R TKO ホルヘ・サラス ベネズエラの旗 ベネズエラ  
9 2000年9月2日 勝利 1R TKO カルロス・レオン ベネズエラの旗 ベネズエラ  
10 2000年9月15日 勝利 2R TKO エバー・パズ  コロンビア  
11 2000年12月5日 勝利 10R 判定 ルイス・ブランコ パナマの旗 パナマ WBAフェデラテンミニマム級タイトルマッチ
12 2000年12月16日 勝利 7R TKO ハイロ・アランゴ  コロンビア  
13 2001年7月7日 勝利 6R TKO マイケル・アランゴ  コロンビア  
14 2001年10月29日 勝利 6R TKO フランシスコ・カプデビラ ベネズエラの旗 ベネズエラ  
15 2001年11月3日 勝利 1R TKO ロヘール・ゲバラ  コロンビア  
16 2002年5月18日 敗北 12R 判定0-3 ノエル・アランブレット ベネズエラの旗 ベネズエラ WBAフェデラテンミニマム級王座決定戦/WBA世界ミニマム級挑戦者決定戦
17 2002年11月30日 勝利 1R KO ソファロ・レケロ ベネズエラの旗 ベネズエラ  
18 2003年5月26日 勝利 10R 判定 ルイス・ブランコ  コロンビア  
19 2003年10月17日 勝利 1R TKO ホセ・アローヨ ベネズエラの旗 ベネズエラ WBAフェデボルミニマム級王座決定戦
20 2003年11月24日 勝利 2R TKO ビクトリアノ・ヘルナンデス ベネズエラの旗 ベネズエラ  
21 2004年1月31日 勝利 12R 判定3-0 チャナ・ポーパオイン タイ王国の旗 タイ WBA世界ミニマム級暫定王座決定戦
22 2004年5月5日 引分 12R 判定1-1 チャナ・ポーパオイン タイ王国の旗 タイ WBA防衛1
23 2004年10月30日 敗北 12R 判定1-2 新井田豊 日本の旗 日本
(横浜光)
WBA世界ミニマム級王座統一戦
24 2005年4月9日 勝利 1R 2:58 KO グスタボ・コルテス  コロンビア  
25 2005年5月28日 勝利 12R 判定3-0 カルロス・メロ パナマの旗 パナマ WBA世界ミニマム級挑戦者決定戦
26 2005年9月15日 勝利 2R 2:04 KO ディエゴ・ティラード エクアドルの旗 エクアドル  
27 2005年12月17日 勝利 10R 判定3-0 ウォルベルト・ラモス  コロンビア  
28 2006年8月2日 敗北 12R 判定1-2 亀田興毅 日本の旗 日本
(協栄)
WBA世界ライトフライ級王座決定戦
29 2006年12月20日 敗北 12R 判定0-3 亀田興毅 日本の旗 日本
(協栄)
WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ
30 2007年6月2日 敗北 8R 判定0-3 エドウィン・ディアス パナマの旗 パナマ
31 2007年7月14日 勝利 2R 2:05 TKO エドウィン・ディアス パナマの旗 パナマ
32 2008年6月7日 勝利 11R 判定2-1 ロナルド・バレラ  コロンビア WBAフェデラテンフライ級王座決定戦
33 2010年1月30日 敗北 12R 判定0-2 フランシスコ・ロサス メキシコの旗 メキシコ WBA世界ライトフライ級王座挑戦者決定戦
34 2014年12月13日 勝利 7R 0:20 TKO ホセ・イグナシオ・サンチェス ベネズエラの旗 ベネズエラ
35 2015年6月7日 敗北 6R 判定0-3 マーク・ジョン・ヤップ フィリピンの旗 フィリピン
(六島)
36 2015年9月6日 勝利 9R 2:49 TKO ワルテル・テージョ パナマの旗 パナマ
37 2016年4月27日 敗北 11R 終了 TKO 田口良一 日本の旗 日本
ワタナベ
WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ
テンプレート

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 8年半ぶりの来日、ランダエタ判定負け Boxing News(ボクシングニュース) 2015年6月7日
  2. ^ Results: WBA Title Fights in Tokyo WBA公式サイト 2016年4月27日
  3. ^ 田口良一がV3、ランダエタに11回終了TKO勝ち Boxing News(ボクシングニュース) 2016年4月27日
  4. ^ お知らせ 在ベネズエラ日本国大使館

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

暫定王座決定戦 対戦者
チャナ・ポーパオイン
WBA世界ミニマム級暫定王者
2004年1月31日 - 2004年10月30日
次暫定王者
王座統一戦により消滅