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ファンキー・モンキー・ベイビー (曲)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「ファンキー・モンキー・ベイビー」
キャロル の シングル
初出アルバム『ファンキー・モンキー・ベイビー』
B面 コーヒー・ショップの女の娘
リリース
規格 7インチレコード('73)
FS-1755
ジャンル ロック
レーベル 日本フォノグラム
作詞・作曲 大倉洋一 、矢沢永吉
プロデュース ミッキー・カーチス
チャート最高順位
  • 週間57位(オリコン)[1]
  • 登場回数26回(オリコン)
  • 売上8.3万枚(オリコン)
キャロル シングル 年表
0時5分の最終列車/二人だけ
(1973年)
ファンキー・モンキー・ベイビー
(1973年)
涙のテディー・ボーイ/番格ロックのテーマ
(1974年)
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「ファンキー・モンキー・ベイビー」は、日本のバンド、キャロルの7作目のシングル。1973年(昭和48年)6月25日発売。発売元は日本フォノグラム。

当時のロックバンドのシングルとしては前代未聞の30万枚を売り上げ、キャロル最大のヒット曲となった[2]。

製作課程

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作詞したジョニー大倉は、「"ファンキー・モンキー・ベイビー"というフレーズが丸ごと降ってきた」と述べている。しかしこのフレーズの前に何か言葉が足らないと気づき、"きみは"を頭に入れると一変してクリアでノリのいいロックンロールに生まれ変わった[3]。しかし、"きみは"を頭に入れると矢沢の作ったメロディをいじることになる。矢沢は自分の作ったメロディをいじられると激怒するため、ジョニーは恐る恐る矢沢にこの曲を聴かせたら、珍しく「いいよ。バッチリだよ。ジョニー」と笑顔で言ったという[3]。

収録曲

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A面

  1. ファンキー・モンキー・ベイビー

B面

  1. コーヒー・ショップの女の娘

カバー

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ファンキー・モンキー・ベイビー

影響

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『リブ・ヤング!』のキャロル初登場を中学二年の時、テレビで観たという横浜銀蝿のJohnnyはキャロルを「ビートルズやゾンビーズ、ジェリー&ザ・ペースメイカーズみたいな8ビートのオシャレなリバプールサウンドじゃないか」とガツンと衝撃を受けたという[6]。「海の向こうの音楽だと思っていた音楽を日本人がやっているじゃないか。日本にもこんなカッコいいバンドがあるんだと感激した」と述べている[6]。特にこの「ファンキー・モンキー・ベイビー」は、リードギターから始まるイントロにシビれ、「『ファンキー・モンキー・ベイビー』を聴いていなければ、ミュージシャンにはなっていなかったと思う」と述べている[6]。

大滝詠一は「これを上回る様なイントロは自分には書けない」という発言をしたと言われてる。

フジテレビ系のバラエティ番組『めちゃ×2イケてるッ!』の企画、ヨモギダ少年愚連隊のオープニングテーマに「ファンキー・モンキー・ベイビー」が使用されている(めちゃ2イケてるッ!の企画#ヨモギダ少年愚連隊を参照)。これは、コーナーのタイトルの元ネタであるナインティナイン主演の映画「岸和田少年愚連隊 BOYS BE AMBITIOUS」の主題歌がこの曲であったからである。

脚注

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  1. ↑ 「オリコンチャートブック 1968-1997」ORICON BOOKS、1997年12月11日、99ページ。
  2. ↑ 『別冊太陽 日本のロック 50's〜90's』平凡社、1993年、86頁
  3. 1 2 ジョニー大倉『キャロル 夜明け前』主婦と生活社、2003年、227-231頁
  4. ↑ “関ジャニ∞渋谷すばる初ソロアルバムで宇多田、サザンらカバー”. 音楽ナタリー (2015年12月7日). 2015年12月7日閲覧。
  5. ↑ (日本語) ひまつぶし 2023年6月2日閲覧。
  6. 1 2 3 峯田淳「私の人生を変えた一曲 横浜銀蝿Johnnyさん「キャロル『ファンキー・モンキー・ベイビー』のイントロと革ジャンを着て歌う姿にシビれた!」」『日刊ゲンダイDIGITAL』日刊現代、2026年3月23日。オリジナルの2026年3月23日時点におけるアーカイブ。2026年4月24日閲覧。