ピクニックatハンギング・ロック

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ピクニックatハンギング・ロック
Picnic at Hanging Rock
監督 ピーター・ウィアー
脚本 クリフ・グリーン
原作 ジョーン・リンジー
製作 ハル・マッケルロイ
ジム・マッケルロイ
A・ジョン・グレイヴス
製作総指揮 パトリシア・ラヴェル
出演者 レイチェル・ロバーツ
アン・ランバート
ドミニク・ガード
音楽 ブルース・スミートン
撮影 ラッセル・ボイド
編集 マックス・レモン
製作会社 ピクニック・プロダクションズ
配給 日本の旗 松竹富士クラシック / 松竹
公開 オーストラリアの旗 1975年8月8日アデレード
日本の旗 1986年4月26日
上映時間 116分
製作国 オーストラリアの旗 オーストラリア
言語 英語
フランス語
製作費 AUD 440,000[1]
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ピクニックatハンギング・ロック』(原題: Picnic at Hanging Rock)は、1975年に製作されたオーストラリアの映画1900年オーストラリアで実際に起こった事件を基にしたとされるジョーン・リンジーの同名小説の映画化作品。ピーター・ウィアー監督。

概要[編集]

原作出版当時、事件関係者が、それも当事者がまだ存命であったこと、更には事件当時も、関係者に英国の王侯貴族や政財界の人間が複数いた為、捜査打ち切り後のメディアと地元への緘口令と共に、捜索に当たった消防署や警察署が、本国からの引き取り手なく多数の手がかりが残されていたはずの閉鎖された学院の建物までもが、数年内に火事で全焼するという関係者にとっては事件記録全焼という好都合かつ不可解な出来事もあり、フィクションと断じられがちだが、岩山は現存しているため、原作者の遺言等(40名以上の関係者へのインタビューを実施しており、インタビューに応じるかわりに、相手側からかなりの制限を言い渡されているという内容)からも全て同じではなくとも、近しい事件が実在するという話が、昨今の舞台化時に製作陣からは何度となく語られている。[独自研究?]

尚、学院長の自殺記事だけは当時の提携校がロンドンの名門女子校だったこともあり、テレグラフ紙に2つだけ残されている。奇妙なことに、1つ目は1900年の7/5掲載記事で、学院長は、5/3に死亡したとされ、結びに「学院関係者の失踪事件により閉鎖に追い込まれた事が原因での自殺ではないかと地元警察は語っている」と出たが、翌7/6の記事では「お詫び:昨日のオーストラリアの名門寄宿舎学院院長の記事は尚早かつ不確かだったことをここにお詫びします。学院長は数年前から神経症に悩み薬を多用していたため、誤って転落した事故でありました。前日の記事は間違いです」と謝罪訂正文になっているのだ。

前日の記事を受けての何らかの働きかけがあったのではないかと、事件当時からこの失踪事件に興味があり、捜索依頼がホームズ名宛に殺到していたというコナン・ドイルは編集者数名に話している。[独自研究?]

真相を知らされていたというピーター•ウィアーも言及は避けているが、原作者が暗示しつつ隠そうとして迷走した最終章の公開時には、真実を知ればそれもやむなしと思えると語っていた。[独自研究?]

ストーリー[編集]

キャスト[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ Picnic at Hanging Rock (1975) - Box office / business” (英語). IMDb. 2012年5月5日閲覧。

外部リンク[編集]