ピアトニツキーサウルス

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ピアトニツキーサウルス
Piatnitzkysaurus
ピアトニツキーサウルス
ピウアトニツキーサウルス骨格
地質時代
ジュラ紀中期
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
: 竜盤目 Saurischia
亜目 : 獣脚亜目 Theropoda
下目 : テタヌラ下目 Tetanurae
: メガロサウルス科 Megalosauridae
: ピアトニツキーサウルス属 Piatnitzkysaurus
学名
Piatnitzkysaurus
Bonaparte1979

ピアトニツキーサウルスPiatnitzkysaurus)は、中生代ジュラ紀中期の現南アメリカ大陸に生息していた肉食恐竜である。名前については、ピアトニツキィサウルスピアトニッキーサウルスピアトニツキサウルスなどと表記されることもある。

概要[編集]

最初の化石アルゼンチンで発見され、1979年にピアトニツキーサウルス・フロレシ (Piatnitzkysaurus floresi) という学名で登録された。名は「ピアトニツキーの蜥蜴」という意味で、発見者のホセ・ボナパルテによって命名された。ロシア帝国生まれのアルゼンチンの古生物学アレハンドロ・マテイエビチ・ピアトニツキースペイン語:Alejandro Mateievich Piatnitzky1879年 - 1959年[1])に由来する名前である。ピアトニツキーはロシア革命から逃れてアルゼンチンへ渡った多くの白系ロシア人の一人で、アルゼンチンでジュラ紀の化石を発掘するなどアルゼンチンの古生物学の発展に貢献した人物である。

分類については、アロサウルス上科の最も原始的な部類に属すると考えられてきたが、その後分類法が変わったため、メガロサウルス科に変更された。

部分骨格が2体分発見されただけであるため正確な形態は不明である。推測される全長は4.5 m程、頭骨の大きさは50 cmである。の先端から眉間に至る骨質の鶏冠が一対ある。骨格はアロサウルスに似ているがより華奢なつくりとなっている。腕は短いが頑丈で、3本の指を持つ。[2]

集団で狩をした可能性も指摘されている。

脚注[編集]

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  1. ^ ロシア語名はアレクサンドル・マテーエヴィチ・ピャートニツキイ (Александр Матеевич Пятницкий)。
  2. ^ 『恐竜博物図鑑』 頁

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • ヘーゼル・リチャードソン 『恐竜博物図鑑』 ディビット・ノーマン、新樹社〈ネイチャー・ハンドブック〉、2005年、63頁。ISBN 4-7875-8534-7