パンパン

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パンパンとは、第二次世界大戦後の混乱期日本で、主として在日米軍将兵を相手にした街頭の私娼街娼)である。「パンパン・ガール」「パン助」「洋パン」ともいう[1]。一般にこの言葉が広まったのは戦後のことであるが、日本海軍内では戦中から使用されていたともいう[2]

特殊慰安施設協会(RAA)の廃止に伴い職を失った売春婦が街頭に立ちパンパンとなったといわれるが、RAA廃止前からも見られていたともいう[1]

呼称[編集]

「パンパン」は不特定多数の連合国軍兵士を客としていた者を指すことが多く、これに対し特定の相手(主に上級将校)のみと愛人契約を結んで売春関係にあったものは「オンリー」(英語:"only"から)または「オンリーさん」と呼ばれた[1]

  • 欧州系を専門とするパンパン ― 「洋パン[1]
  • 白人専門のパンパン ― 「ヤギパン(白人が山羊の様に白い事から)」・「白パン[1]
  • 黒人専門のパンパン ― 「ブラパン」・「黒パン[1]
  • 按摩も行う売春婦は「パンマ[1]

時代を経て、後期には日本人を相手にする娼婦、従来は「闇の女」などと呼ばれていた層に対してもパンパンとの呼称が用いられることがあった[1]

ほか、外国人にゴマをすって金もうけをする男のことを「パンパンボーイ」と呼ぶこともあった。[3]

語源[編集]

語源は、諸説あってはっきりしていない。以下列挙する。

  • インドネシア語を指す「プロムパン」から転化。米兵が伝える[4]
  • 沖縄の俗語で芸者を指す「ペンペン(三線の音の意味)」から転化。日本海軍で使用[4]
  • 戦後、津々浦々にいて、呼ぶときには手をパンパンと叩いて呼んだため[5]
  • 第一次大戦後、日本の委任統治領となったサイパンで、日本海軍の水兵たちがチャモロ族の女性を「パンパン」と手を叩いて呼び、その肉体を味わったことから。その後娼婦も含めた大量移民があったことから「パンパン」と呼ぶ対象が日本人女性にも広まり、また水兵が大東亜の寄港地各地に広めてしまった。現地の水兵たちは「明日は日曜、パンパン上陸」などと言う歌を歌い、パンパン女、パンパン屋、パンパン坂などの発展形も見られた[6]
  • 深夜に慰安所を訪れた兵士が「パンパン」とドアを叩いて女を起こしたことから[2]
  • 仏印のある町で若い女が日本兵に対して「パンパン」と乾パンを懇願していた様を、戦後、米兵に対して似たような行為に及ぶ日本人女性に投影した[2]

占領軍によるパンパン狩り[編集]

第二次世界大戦後の日本各地で婦女子が米兵に強姦される事件が発生した[7]。占領軍は米兵に対する性病の感染防止などを理由にパンパン狩りを度々行った[7]。見た目がパンパン風の女性は都立吉原病院へ強制収容されたうえ膣検査されたが、誤って連行された無関係な女性も少なくはない[7]1946年(昭和21年)11月には池袋で、MPと日本の警察が通行中の女性を無差別に逮捕して膣検査を行うという事件も発生し、人権蹂躙と非難されている(板橋事件[8]

有名なパンパン[編集]

関連作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 三橋 (2004),p296
  2. ^ a b c 『現代用語の基礎知識』1949年版,神崎清 『売春』
  3. ^ 『現代用語の基礎知識』(1998)付録『現代用語20世紀辞典』p.257
  4. ^ a b 米川明彦編『日本俗語大辞典(第3版)』東京堂出版 2006年 522頁
  5. ^ はだしのゲン』ではこのように説明されている。
  6. ^ 子供文化社の篠崎吉太郎による証言。神崎清 『売春』 より。
  7. ^ a b c 田村茂,1982,p.20
  8. ^ 「占領と性 : 政策・実態・表象」,2007,p22-23
  9. ^ 20世紀日本人名事典,日外アソシエーツ,2004.
  10. ^ 日本人名大辞典+Plus、講談社、2015.

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]