ハローキティ殺人事件

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ハローキティ殺人事件(Hello Kitty藏屍案)は1999年香港のナイトクラブで働くある女性が尖沙咀のアパートに誘拐・監禁され、拷問の末死亡した事件である。

事件[編集]

被害者は当時23歳の一人のナイトクラブの渉外役の女性で、1997年祖母の医薬費を調達するため、ポン引きの頭であった被告(33歳)に数千元の香港ドルとその他の財物(一説には麻薬の借金)を受け取った。3人の男(33、26、19歳)は女性に借金の返済を強く求め、妊娠した後でも依然として客をとらせるなどしていたが、被害者は返済する力がないと知って腹を立て、尖沙咀加連威老道 (Granville Road) のアパートに監禁した。被害者は1カ月に渡る暴行・拷問の末に死亡した。

男(34歳)は被害者の死亡を確認すると、死体をバラバラにすることに決め、男らは死体を浴槽で瀉血し、プラスチック製の袋に入れるなどして捨てたほか、頭部をストーブで煮た後ハローキティ人形の頭に詰めて縫合した。

捜査[編集]

事件から二ヵ月後、男(19)のガールフレンドだった少女(13歳)が幽霊に憑かれるという絶え間ない夢を見ていると女児院で話したことから1999年5月24日に警察に通報され事件が発覚した。

5月26日、少女を伴って警察が捜査を開始、法医学者により人形の中から被害者の頭部が発見されたが煮られていたためDNA捜査を行うことが不可能だった。

警察側はすぐに男らを追跡し、5月27日に一人(33)を葵涌石籬邨の潜伏先で逮捕、一人(26)は自主的に出頭、もう一人(19)は中国広西に逃れたが偶然警察に発見され逮捕された。

裁判[編集]

2000年10月9日、香港高等法院が開審し、翌日香港の幾つかの新聞のトップニュースとなった。3人の被告は殺人、死体遺棄などで告訴された。警察は初期調査で証拠が足りず、少女(13)の供述を足して3人の罪名を殺人としてを告訴した。

3人は死体遺棄を認める一方で殺人については否認し、お互いに責任をなすりつけあい、特に他の2人はもう1人の男(33)の指示で動いていただけだと主張した。

判決[編集]

2000年12月6日、6名による陪審団は証拠不十分により被告に殺人ではなく故殺の罪状が認められるとした。法官の阮雲道 (Peter Nguyen) は最も厳しい刑罰を下すことを決定し、3人に終身刑の判決を下した。

阮雲道は減刑の申請には最少20年の服役が必要とし、「近年このような残忍、変質的、堕落、暴力、冷淡、凶暴残虐な事件を聞いたことはなく、このような手法で他人に危害を加えることは、禽獣でもありえない。」と事件を形容した。

上告[編集]

判決後、直ちに三被告は上告したが二被告については棄却され、一名(26)についてのみ認められた。この被告については被害者が死亡する一日前から現場に居合わせなかったことから故殺については誤りであるとされ、2004年3月上告法廷の法官高嘉楽により禁錮18年と減刑された。監禁と死体遺棄については上告されていないため、罪名はそのまま残っている。

その後[編集]

被害者の頭蓋骨は事件中で唯一の物的証拠で、上訴審が終わった後、2004年3月に家族の元に戻され、3月26日に火葬された。位牌は圓玄學院曜暉堂に安置されている。被害者には1998年に生まれた一人の息子がおり、その後カナダに移民した。

この事件は2000年映画「人頭豆腐湯」(There Is a Secret in My Soup)、2001年「烹屍之喪盡天良」、テレビドラマ「人頭公仔頭」に取り上げられた。

2003年、この事件は1982年の「雨夜屠夫」、1974年の「跑馬地紙盒藏屍案」、1992年から1993年の「屯門色魔案」に次いで、香港で最もセンセーショナルな事件の第4位とされた。

関連項目[編集]