ハイドン・セット

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ハイドン・セット(ハイドン四重奏曲)は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作曲した弦楽四重奏曲である。6曲まとめてヨーゼフ・ハイドンに献呈されたので、「ハイドン・セット」または「ハイドン四重奏曲」と呼ばれる。モーツァルトが2年あまりを費やして作曲した力作であり、古今の弦楽四重奏曲の傑作として親しまれている。

出版前、1785年1月15日と2月12日に、モーツァルトはハイドンを自宅に招き、この6曲の全てまたは数曲を披露している。モーツァルトはその際自らヴィオラを弾いたと伝えられる。

作曲の背景[編集]

ヨーゼフ・ハイドンがモーツァルトに及ぼした影響は、大きい。

モーツァルトが最初にハイドンの手法を学んで作曲したと思われる弦楽四重奏曲は、1773年にウィーンで完成した第8番~13番(K168~173)の6曲である。これはハイドンの太陽四重奏曲Op.20(6曲)から影響を受けたものと考えられる。なお、当時、この種の作品は6曲まとめて出版される習慣があった。

モーツァルトにとって大きな転機は1781年に訪れた。ハイドンが、太陽四重奏曲を作曲してから実に10年ぶりに、新たな弦楽四重奏曲であるロシア四重奏曲Op.33(6曲)を完成させたのである。この作品群は、ハイドン自ら「全く新しい特別の方法で作曲された」と称したとおり、弦楽四重奏曲史上、非常に画期的な意味を持つ。ロシア四重奏曲をもって、弦楽四重奏曲は古典主義的ソナタ形式を確立するに至った。

この出来事は、モーツァルトにも大きな影響を与ぼした。そして彼は自己の新たな弦楽四重奏曲の作曲を決意する。だが、これは難事業であった。速筆なモーツァルトが、わずか6曲の作品群を完成させるのに2年あまりという、彼にとっては非常に長い時間を費やして、ようやく完成の目を見たのが、「ハイドン・セット」と呼ばれる6曲の弦楽四重奏曲である。もちろん、モーツァルトはその間も他の作品を生み出していたので、弦楽四重奏曲のみにかかりきりだったわけではない。しかし、それを考慮に入れても彼がかけた2年という歳月は特別な意味を持つといえるだろう。

モーツァルトは「ハイドン・セット」の出版時に、イタリア語で書かれた、ハイドンへの深い敬愛の念を込めた献辞の中で、24歳年上のハイドンに、「わが最愛の友」と呼びかけ、この曲集を「長く困難な苦労の果実」と述べ、また、この曲を自らの息子にたとえて、ハイドンの「庇護と指導のもとにあらんことを」との言葉を贈っている。

これより先、モーツァルトは1785年1月15日と2月12日に、ハイドンをウィーンの自宅に招き、これらの新曲を披露した。ハイドンはそこで大きな感銘を受け、同席したモーツァルトの父レオポルト・モーツァルトに「神と私の名誉にかけて申し上げる。あなたのご子息は、私の知る、あるいは評判で知っている、全ての作曲家のうちで最も偉大な方です。彼は優れた趣味を持ち、さらには、最も優れた作曲の知識を持っています」と最大級の賛辞を述べ、その才能を激賞した。

ハイドン・セットの6曲[編集]

  1. 弦楽四重奏曲第14番 ト長調 K.387(ハイドン・セット第1番)(1782年)
    モーツァルトが作曲技術の粋を凝らした力作。『春』という呼び名がつくこともある。この曲から続く作品群は、モーツァルトがそれまでに作曲した弦楽四重奏曲よりも、曲の規模が大きくなっている。
  2. 弦楽四重奏曲第15番 ニ短調 K.421(ハイドン・セット第2番)(1783年)
    弦楽四重奏曲第13番に次ぎ、弦楽四重奏曲全23曲中2曲の短調作品のうちの一つ。全体的に哀愁を感じさせる曲風である。全4楽章のうち、第1・第3・第4楽章が短調。さらに、第2楽章は長調ではあるが、寂しげな調べである。
  3. 弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調 K.428(ハイドン・セット第3番)(1783年)
    とても軽快なテンポが感じられる第1楽章から始まる。6曲中、もっともロマン派的色彩が濃い作品。
  4. 弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K.458『狩』(ハイドン・セット第4番)(1784年)
    『狩』というニックネームは、曲の出だしが、狩の角笛を思わせるところから付けられている。軽快な曲風でモーツァルトの弦楽四重奏曲のうちで特に親しまれている作品である。
  5. 弦楽四重奏曲第18番 イ長調 K.464(ハイドン・セット第5番)(1785年)
    6曲中、最も規模の大きい作品。ベートーヴェンは、彼の作品18の6曲の弦楽四重奏曲を書くにあたり、この曲を研究したと伝えられる。
  6. 弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 K.465『不協和音』(ハイドン・セット第6番)(1785年)
    不気味な緊張を感じさせる序奏から始まるが、このアダージョの序奏からアレグロに入ると一転して明るい曲風へと変化する。『不協和音』という名は、曲の冒頭の異様な和音から付けられている。

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