ノイジー・マイノリティ

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ノイジー・マイノリティ: noisy minority)またはラウド・マイノリティ(: loud minority)とは、「声高な少数派」「声だけでかい少数者」[1]である。サイレント・マジョリティの対義語だと思われがちであるが、意味合いとしてはポリティカル・コレクトネスが本来の対義語である。

概要[編集]

「うるさい」・「騒々しい」といった旨が語源であり、主張に理論的ないし道義的裏付けが乏しく「声の大きさ」に任せて騒ぐだけの少数者を指し、批判的な意味合いが強い。

その過激かつ積極的な姿勢のため、実際には少数派であるにもかかわらず、穏健かつ消極的な多数派よりも目立つ傾向がある。実質的にクレーマーと同等の意味合いを持つ。

元来、社会的少数者たるマイノリティは、社会的な偏見や差別や抑圧に対する改善要求を社会的多数者に認知させることにより、ポリティカル・コレクトネスの形で実社会に反映させることがあるが、ノイジー・マイノリティとは、そういった正当な社会運動の対立概念として扱われるものである。

地域共同体との関係[編集]

2012年、社会学者の宮台真司モーリー・ロバートソンとの対談で、行政に対して声をあげるクレージー・クレーマーの正体はラウド・マイノリティであり、その背景は地域共同体空洞化があると述べた。また宮台は、爆発中和機能と感情的包摂機能を持つ地域共同体の空洞化は、ラウド・マイノリティであるクレージー・クレーマーやネット右翼の暴発の背景となると分析した[1]

行政を問題にする連中を僕は<クレージー・クレーマー>(<CC>と略称)と呼びます。彼らはラウド・マイノリティ(声だけデカイ少数者)に過ぎません。でも行政が彼らを恐れるのは、「子どもの目が潰れたらどうするんだ!」「子どもが骨折したらどうするんだ!」というクレームが〝それなりに正論〟で、訴訟に負けかねないからです。<CC>出現の背景は地域共同体の空洞化です。二つの側面があります。第一に、地域共同体がしっかりしていれば、隣人訴訟がそうであるように地域住民が<CC>の暴発を食い止めますが、それができなくなります。第二に、丸山眞男の末端ファシズム分析に従えば、社会的に恵まれず、知的ネットワークから排除された「孤独な人」が、専ら<CC>として吹き上がります。
後者について言うと、<CC>と「ネトウヨ (ネット右翼)」や「ネット釣られ層」は、(1)暴発中和機能と (2)感情的包摂機能を持つ地域共同体の、空洞化という背景を共有します。逆の例としては実際、ヨーロッパの街にはガードレールがありません。それを要求する住民が出てきても、「安心・安全・便利・快適」よりも「街らしさ」を優先する地域住民が囲い込んでしまいます。 — 宮台真司「新住民が生み出した、<行政過剰依存>の時代」、磯部涼 編『踊ってはいけない国、日本』[1]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 磯部涼宮台真司 『踊ってはいけない国、日本 風営法問題と過剰規制される社会』 株式会社河出書房新社、2012年8月30日、46-48頁。ISBN 97843092460172017年6月8日閲覧。「行政を問題にする連中を僕は<クレージー・クレーマー>(<CC>と略称)と呼びます。彼らはラウド・マイノリティ(声だけデカイ少数者)に過ぎません。」※閲覧文献は2012年9月30日(2刷発行)。

関連項目[編集]