ドルフィン・エクスプレス

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ドルフィン・エクスプレス」は、竹下文子作・鈴木まもる絵の、ファンタジー小説シリーズ。岩崎書店から5冊発行されている。その後、2022年に偕成社から「『三日月島のテール』シリーズ」としてソフトカバーの新装版が発売されている[1]

ドルフィン・エクスプレス
著者 竹下文子
イラスト 鈴木まもる
発行日 2002年5月30日(ハードカバー)
2022年6月(ソフトカバー「三日月島のテール」)
発行元 岩崎書店(ハードカバー)
偕成社(ソフトカバー「三日月島のテール」)
ジャンル ファンタジー
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本
ページ数 144(ハードカバー)
130(ソフトカバー「三日月島のテール」)
受賞 2022年度 全国学校図書館協議会・選定図書(ソフトカバー「三日月島のテール」)
次作 ドルフィン・エクスプレス 流れ星レース
コード ISBN 978-4-265-06051-1
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概要[編集]

擬人化された猫が生活している島々を舞台に、海の特急貨物便で働くテールが繰り広げていく物語。 兄弟作品で、「黒ねこサンゴロウ」シリーズも発行されている。サンゴロウはドルフィンエクスプレスの1巻・3巻・5巻にも登場する。

あらすじ[編集]

ドルフィン・エクスプレス[編集]

「ドルフィン・エクスプレス」の配達員・テールは、この会社の営業区域外のヒスイ島への重要な荷物(社内用語で「三重丸」)の配達を依頼される。 届け先では、若い娘・リオナに受け取りを断られる。 送り主は元ヨットレーサーのフルヤ・サンゴロウだった。

社内の規定では、三重丸の荷物が受取拒否された場合、送り主に返すことまでが配達員の責任だった。 テールはサンゴロウの住所「うみねこ島」に向かったが、伝票に書かれた住所にはサンゴロウはいなかった。店員によると彼は旅に出ていて、今は三日月島の近くにいるという。彼と直接連絡を取る手段はない。 三日月島に戻る客船で、テールは胸の中に何かの激しい鼓動を感じたが、それはすぐにおさまった。

三日月島の港でサンゴロウに会った。そのとき、また激しい鼓動が起きる。サンゴロウによるとそれはこの荷物によるものだという。この黒くて銀色の模様がある石は、磁力でうみねこ船のコンパスを狂わせるため、自分で返しに行けなかったという。 過去にリオナはこれを観賞用の「海王石」だと思い、父親が新しい船を買う金を稼ぐためにサンゴロウに買ってもらったのだ。 彼女が荷物の受け取りを拒否したのは、その金を返さなければいけないと思ったからだろう。 また、この石はおそらく海にすむ竜の卵であると説明し、テールの体温と鼓動を感じて孵化することが予想されるので海に返しに行った。

後日、テールは配達中に竜と遭遇し、あやうく転覆しかける。 さらに数日後、ヨクはうろたえた様子で、配達中に怪物が出たとほかの社員に話した。 沿岸パトロールと捕鯨船が来ると聞いたテールは、レーサー時代のヨット「ホワイト・テール号」で竜を探しに行った。 姿をあらわした竜にテールはここの海域から逃げろと促す。 竜は逃げるついでに尾でヨットを真っ二つにした。海に放り出されたテールだったが、心は不思議とすっきりした。 助けにきたのはサンゴロウだった。あの竜が居場所を知らせてくれたという。 また、彼がレースをやめたのは、賞金で船を買って旅をするためだった。 テールは彼にいつかヨットレースで勝負したいと告げた。

三日月ジョリー[編集]

ドルフィンがチョクハイ(直行配達)つまり、荷物を受け取って事務所に戻らずに相手に配達するサービスを始めた。 そのサービスでアサギ岬のミヤケ・ハナの家に行ったテールは、火事を消す。その高齢女性は息子のためにクッキーを焼いていたが、ほかのことに気を取られていてオーブンから出火したらしい。

ある日、テールは「海賊が貨物船襲う」という新聞記事で、元レーサー仲間のホープが死亡したことを知り、レーサー時代のことを思い出す。 事務所では、ヒナコが配達員たちを集めて、怪しい船には気をつけること、荷物を取られても抵抗しないことを呼びかけた。 テールはチョクハイの伝票を受け取る。送り主は先日のミヤケ・ハナだった。 ハナからの荷物を受け取って家を出たテールに薄汚い子供がぶつかった。ごろつき風の赤とらがその子を泥棒だと言って追いかけてきたが、テールはその子をかばった。 その子はスリに慣れているらしかった。テールはその子と別れて次の配達に向かった。 テールは、ハナからの荷物の送り先が黒丸商会と同じ住所であることに気を取られ、事故を起こしかける。 そのとき、トランクルームにさっきの子供が乗っていることに気づく。彼はその女の子・ルキに名前と事情を聞き、サラで船から降ろすことを約束した。また、その子が盗んだ高級そうな皮の財布を返すように約束させた。

黒丸商会に向かった。怪しくて暗い雰囲気のこの場所にクッキーを届けるのは違和感があった。 用心棒・ブッチと秘書に「送り先のミヤケ・ロミオという社員はいるか」と聞いたが冷たくあしらわれる。しかし、秘書が荷物を受け取った。 テールは配達後にいつも以上の疲れを感じた。

サラに帰った後、ルキから「彼女の兄が船乗りであること」「彼女がホームレスのような生活をしていたこと」について聞かされる。テールはもう一度、ルキにスリをしないことを約束させる。 事務所に戻ってから財布を確認したところ、札束、中心で斜めに切られたトランプ、裏に「ロミオとハナ」と書かれた母子の写真があった。この財布の持ち主はハナと関係があることしか分からなかった。 通りで赤とらとブッチとの小競り合いになりかけたが、パトロールが来たので彼らは姿を消した。 その後、テールの部屋でルキが、兄はホープという名前だと話した。テールは本当のことを言えなかった。

翌日、黒丸商会での集荷の仕事が入る。相手はテールを指名していた。配達前にゴンと会話したとき、半分に切ったトランプがおそらく割符だと知る。 黒丸商会に向かったテールは、荷物の受け取りと「ミヤケ・ロミオ本人受け取りの配達」があると言った。黒丸の社員たちが険悪な雰囲気になる。 そのとき、社長が入室し、テールを奥の部屋に案内した。そして、ミヤケ・ロミオとはここの社長だと告げた。 テールは社長に財布を手渡す。パトロールに届けなかった理由は、ハナやルキを事件に巻き込みたくなかったからだった。 社長に赤とらやブッチ、秘書が怪しいと伝える。テールは、彼らの狙いは札束よりも割符だったのではないかと推測するが、自分がこれ以上関わるべきではないと思った。 社長からの報酬を断った代わりに、ときどきハナに会いに行ってほしいと伝えた。社長は母のことを話し始めた。そしてテールに母の家の火事を消してくれたお礼をしたいと言う。 黒丸商会の建物を出て船着き場に向かう途中、逃走するブッチと秘書を見かけた。

その後、ルキはハナの家で暮らしている。ルキは明るい子になり、ハナも若返ったような雰囲気だった。 このことを決める前、サラで兄を探そうとするルキに「ホープは長旅に出ている」とうそをついた。しかし、彼自身もホープが帰ってくることを信じかけていた。

流れ星レース[編集]

夏、ドルフィンがサラ周辺限定の「スーパーエクスプレス便」というサービスを始めた。 スーパーエクスプレス便を始めたのと、社内の雰囲気がどこかピリピリしているのは、ライバル会社「カモメ・ネットワーク(カモメネット)」が得意先をいくつか奪っていることが原因だった。最近では荷物の破損など、ドルフィンへの苦情が増えている。 その日の夜、テールは事務所で、ゴンがヒナコに今の会社のやり方についていけないと話した。テールはゴンを引きとめた。 翌日、テールは社内でゴンがカモメネットに引き抜かれるという噂を聞いた。噂の出所を確かめると、倉庫のアルバイトのチャットに聞いたという。しかしそのアルバイトは会社を辞めていた。 その日の夜、テールはヒナコから、カモメネットとのレースをする気はないかと尋ねられる。聞くと、カモメネットと配達区域を分ける協定を申し入れたが拒否され、配達員同士でのレースに勝ったら協定を考えるという。 カモメはドルフィンに勝つためなら手段を選ばないことが分かっていた。 テールはこのレースを一度断った。サンゴロウとのレースを最後に二度とレースはしないと決めていたつもりだった。

ヨクが配達中の事故で入院しているという電話がかかってくる。病院にいたゴンによると、夜にさかずき島に向かっていた時、知らないボートに待ち伏せされて船が岩場にぶつかり、右腕を骨折したという。 この荷物は事務所に直接持ち込まれたもので、送り主の住所と名前は架空のものだった。伝票は段ボールの上で書かれたものらしい。そういうわけで、偽の荷物を持ち込んでヨクに配達させたのはチャットだと推測した。 ヨクの事故と、チャットがカモメネットのスパイだった噂が社内に広がると、配達員たちの間でカモメなんかに負けてたまるかというある種のいい緊張感がただよいはじめた。

夏の終わり、ジョリーのコンサートでジョナと待ち合わせして、イルカのペンダントを渡そうとしたテールは、屋台店の間でチャットを見かけて思わず追いかけた。 テールは、人通りの少ない倉庫街でカモメの下請けらしき3人組に殴られた。 アパートで意識を取り戻したとき、テールはコンサートに行けなかったことをジョナに謝る。 ろくなことがなかった夏がこのまま終わっていくのは嫌だという理由で、テールはレースをすることを決心する。 ゴンは反対したが、テールは勝てる自信があるかのようにふるまった。 レース当日、よく知らない整備係がテールの船を特別に調整したという。ゴンはその船を使うなと言い、自分の2号船のキーをテールに渡した。スパイだとばれた整備係は逃げようとしたがゴンに捕まえられる。

レースは、スタート地点が港のはずれの古い貨物桟橋、ここからサラの南東の沖の風切島まで往復するという内容。 桟橋にはカモメの社長と秘書、ドルフィンの社長とヒナコ、立会人としてトッポ・トイズの社長が来ていた。 レースの相手はチャット。ユニフォームは着ていたが、配達員ではなくレーサーを思わせる目をしている。 テールが、宅配のレースなので荷物を乗せたいと申し出る。トッポの社長がそれに賛成し、派手な包装紙の荷物が準備される。 レースが始まった。2艘のエクスプレス船は普通湾では出さないほどのスピードを出していた。 カモメの船の安定性は明らかに悪そうだが、スピードはドルフィンより速かった。 風切島の北の岩場で、チャットが衝突事故を招く危険行為をしたがテールは航行を続ける。 猛スピードで長時間走り続けたテールの頭がぼんやりしてくる。彼は負けたくないと強く願う。 サラの港に戻ってきたのはチャットが先だった。2人は桟橋に船を停め、トッポの社長のところに荷物を運ぶ。 2人は同着だったが、荷物のガラス細工の船はテールのものが無事、チャットのものは割れていたのでドルフィンの勝ちが決まった。

その後、整備係(海の真ん中でエンジンが出火する細工をしていた)の自白でカモメの秘書とテールを殴った三人組が逮捕された。 テールは丸一日の休暇をもらい、特別にエクスプレス船でイルカのペンダントを届けるためノアに向かった。

波のパラダイス[編集]

アケビ島の「かおり工房」で受け取った荷物から強烈な匂いが漏れてしまう。意識が朦朧として幻聴を聞いたテールは、エクスプレス船を桟橋にこすって傷をつけてしまう。 「かおり工房」に戻って荷物の処分と謝罪をしたテールに、店主のカザミ・リンは、漏れたアロマオイルの香料はノアで栽培されたアステリスタの花だと説明する。また、知人が記憶を取り戻す薬の研究をしているという。

この事故によって配達から外されたテールの処分内容は、社会勉強にきた男の子・ミナミの訓練だった。 ミナミは社長の知り合いの子らしい。 訓練船でのミナミは、口数の少ない子だが、船に近づいた時から船のことをきちんと理解しようとしていた。おそらく訓練内容を覚えるのも早いだろうとテールは感じた。 発進前、ミナミが女の子であることに気づいた。性別を隠していることは2人だけの秘密にした。 初日を終えて、テールはミナミに世の中の厳しさを教えるはずが、彼女が喜んでいることを疑問に思った。 行きつけの店で、アコーディオンの演奏を聞いた時、事故を起こした時と同じ幻聴が聞こえた。

翌日、事務所でテールは昨日と同じアコーディオン演奏者のイメージと、何か大事なことを忘れているという幻覚と幻聴を感じる。 彼は、この前の幻聴による事故がまた起きるかもしれないという不安を抱えたまま、2日目の訓練を始める。 ミナミに配達の仕事をしたいかと聞くと、両親が反対しているという。親戚も家族も老舗企業の社長や議員ばかりで、ほかの仕事は価値がないと思っているという。 テールは、自由がなかった子供のころは、富裕層の子供のことを、自分よりも自由があることを理由に妬ましく思っていたが、どんな立場のどんな人でも、どこに行ったとしても、やりたくないことと、やりたくないことの両方がある、と思いをはせた。 そして、夢をあきらめるなとミナミをはげました。

さかづき島で二人は、白にグレイの線が入った小型のモーターボートに気づいた。テールはこの船が自分たちのあとをつけてきているように思い、ミナミに「海賊からの緊急避難訓練」とうそをついて、急いで港を出た。 海上では、無線で救難コールを聞いた。発信元は近くの白い大型クルーザーだった。 テールはクルーザーのエンジンを修理しようと床下のエンジンルームをのぞきこんだ時、クルーザーに乗っていた2人組(金魚みたいな派手なドレスの女性と、スイカのプリントシャツの男性)に気絶させられる。 気絶していたときの夢に出てきたのは、リンとその両親で、父がお土産としてアコーディオンを買ってきて、それを演奏している光景だった。この記憶をリンに届けなければいけないと強く思ったとき、意識が戻る。

テールはロープで縛られていた。2人組はテールに「さかずき島に行き、そこで待っているモーターボートからブイと大事な荷物を受け取る」ことを要求する。従わなければミナミ(三日月造船の社長の息子)を痛い目にあわせるという。 しかし、ミナミは、自分は社長の息子ではなく、社長の家の使用人の娘・ナミだと言う。 実はミナミは造船所を継ぐつもりがなく、画家になるためにコンクール用の絵を描いているところだったため、彼を気の毒だと感じたナミが、自分から提案してドルフィンに行ったという。また、彼女はドルフィンの船に憧れていた。 計画が破綻した2人組はいらだち、スイカが発砲する。そのときパトロールの船が来る。金魚は投降したが、スイカがピストルを乱射する。テールは、とっさにナミのロープを切り、海に投げ込んだ。テールもスイカを蹴り飛ばしてから海に飛び込み、ナミをつれてエクスプレス船に戻った。 先ほどの白とグレイのモーターボートは警備の船だったとわかる。

ナミは過去にテールに会ったことがあるという。去年の夏に社長の別荘に彼が配達に行ったとき、ナミが荷物を受け取った。彼女によると、それは奥様宛の荷物だったが、まるで自分がもらったような気持ちになった。そのときからドルフィンの配達員に憧れたという。

後日、この日の事件は新聞に載らなかった。社長が表ざたにしたくなかったらしい。 事情聴取で分かったことは、スイカは三日月造船の下請け会社がつぶれたので社長に恨みを持っていたこと。金魚が誘拐計画を友人に話したことからパトロールに漏れたこと。パトロール局の計画では、警備チームがテールたちのあとをつけて、犯人が現れたら逮捕する計画だったこと。

それから10日後、テールの謹慎処分と4号船の修理が終わった。 その日の配達をすませたあと、先日の夢の内容をリンに伝えるため、アケビ島のかおり工房に向かった。 話を聞いたリンは感極まって涙を流した。そして、語ったのは「仕事に熱中して父と疎遠になっていたことを後悔していること」「本当はこの思い出を思い出したかったこと。大切なことは、忘れてしまってから思い出したとき大切なことだとわかること」。

ある日、夜間配達から事務所に戻ってきたとき、ヨクから、集荷のときにリンから渡された小さな紙包みを受け取る。 夜遅くに帰宅したあと、紙包みの中身を確認する。それは先日彼女が言っていた「思い出せっけん」だった。テールはその石鹼を使う気にならなかった。思い出もいい内容ばかりではないし、忘れた状態でいたほうが楽なことも多いからだ。今は過去を振り返るべきではないと思った。

眠ろうとしたとき、何か大事なことを忘れていることに気づく。それはジョナの誕生日だ。 夜中の街をあてもなく歩きながら、ジョナは身寄りがなく、誕生日を祝ってくれる人がいない。そういうわけでテールからおめでとうと言ってもらうのを毎年楽しみにしていたことを思い出す。 そんな大切なことを忘れていたことに気づいて後悔したが、時間も遅いので電話で彼女に伝えることはできない。 そのとき、港のはずれの荷上げ場でアコーディオン演奏者と偶然会った。演奏者は、彼女に伝えるなら電話より波のほうが早いと言う。テールは、本当だとは信じられない噂「うみねこ島の船乗りが電話も無線も使わずに、遠く離れた仲間と話をする」を思い出した。 演奏者はアコーディオンで波を思わせる演奏をおこない、テールがその波に意識を集中させたところ、寝ているジョナと本当に会話ができた。誕生日おめでとうと伝えたあと、彼女との会話から、ルチア園の裏庭にアステリスタの花が咲いていたことを思い出した。 アコーディオンの音が次第にゆっくりとなっていき止まったことに合わせて会話が終わり、気がつくと演奏者はいなくなっていた。

光のカケラ[編集]

テールがドルフィンの配達員になって二年目。 夏の終わりに倉庫係として入ってきたマーレは、テールより年上なのに会社の誰にでも丁寧な言葉で話す。 ジュエルの祭りについての話題になる。それは冬至のあとの最初の満月の日に行われ、静かで厳かな儀式が主である。月ねこ族にとってジュエルの祭りは、家族や親しい者同士で過ごす祝日。誰もが贈り物をしあう。 この時期は「ジュエルまでに必着」の荷物が非常に多いので、ドルフィンは、祭りが終わる深夜12時まで休む暇もないほど忙しくなるという。 祭りの伝統でジュエルの日は働いてはいけないとされる。ドルフィンのすべての業務が休みになるのもその日である。

事務所についたテールは、お客さんが来ていると聞く。それはルキだった。彼女は興奮していた。その要件はおじちゃん(黒丸商会の社長)からの伝言「うらない・いかない」をテールに伝えることだった。 伝言の意味は分からなかったが、午前中に配達しなければいけない荷物が多いので、無理やり気持ちを切り替えて配達に向かった。

倉庫に戻ってくると、ゴンが「ジュエルの日にヨクと二人で家に来ないか」と提案した。その理由は、去年、この二人が帰省せずにサラに残っていたからだろうと推測した。テールは孤児院での経験からノアに戻る気はなかったが、ジョナに会いたいと思っていた。 自分の船に戻ると、荷物が一つ足りないことに気づく。倉庫に荷物を探しに行くと、マーレが作業をしているところに遭遇した。彼は棚の荷物に触れず、かざした手で表面をなぞるという不思議な動作をしていた。 つまづいて転んだテールに気づいたマーレは、驚いた様子もなくテールに荷物を渡した。

この時期は配達員にとって勝負どころだとテールは考えている。割り当てられた行き先を見て、一瞬で能率のいい配達ルートを頭の中で組み立てること。大量の荷物をどんな順番にどう積むか決めること。それくらいできないとプロとは言えないと思っている。 その日の夜。テールの船に最後の荷物を用意したのはマーレだった。荷物を積み終わり、トランクルームを閉める直前に、マーレは右手を荷物にかざして全体をなぞった。その手が一瞬青白く光ったように見えてテールは目を疑った。 最後の荷物の配達先は、アーケードだった。そこは港の近くの雑然とした市場である。 そこの人がドルフィンに配達を頼むことはめったにないことであるが、配達先の占い横丁にある「海ホタルの館」に向かった。 「海ホタルの館」に店主はいなかった。掃除の女の子によると、店主は知らないおじさんたちに連れていかれたという。 三重丸の荷物だが受取人がいないため、テールは船の無線で事務所に報告することにした。 気づくとテールはアーケードの裏側らしい場所に出た。引き返そうとしたとき、何者かに荷物を奪われそうになる。 港の端に出たが、追手の足音が聞こえる。ルキの伝言は「占い横丁に行かないように」という意味だったと今更分かった。 二人の追手に追いつかれたテールは止まらずに走ったが、海のそばの行き止まりに来てしまう。そのとき、誰かが彼の名前を呼んだ。 それを頼りに移動すると、堤防を離れて動き出そうとする船を見つけた。船員に荷物を投げて渡し、テールも船に飛び移った。その船員はサンゴロウだった。

サンゴロウに怪我はないかと聞かれたテールは、ジャンパーの左腕とその下のシャツがナイフで切られ、出血していることに気づいた。 サンゴロウがなぜアーケードにいたか聞くと、約束があったがすっぽかされたという。 無線を借りようとすると、内部のコードが外されていることに気づく。ドルフィンの事務所に連絡すると、ヒナコが心配した様子で出て、大至急帰ってくるように指示した。しかし、この船がどこに向かうのか知らないので帰れない。 すると、突然サンゴロウがコードを抜いた。無線が盗聴されているという。 緊張が解けたテールはキャビンの床で寝ていた。

翌日、船がノアについたことに気づく。小さな食堂で電話を借り、ゴンに連絡した。彼はテールが連絡しなかったことに怒っていて、ノアにいると聞いてあきれた。 この食堂は、過去にテールが三カ月皿洗いをやっていたが、三か月目で脱走したところだった。店の夫婦に朝食をおごられたテールは、過去の自分はだれも信じられず、憎むことしかできなかったが、今では、周囲の人が自分のことを心配してくれることがやっと少し分かるようになったと思った。そしてジョナに会いに行くことを決めた。

ジョナの下宿先であるパン屋では、親類が集まるパーティーが行われていた。ジョナは、三日月島に伝わるジュエルの伝説について集まった人々に語った。ジョナの話の後に簡単な手品やピアノの演奏があり、お茶やケーキがふるまわれた。 ジョナは片づけを手伝おうとしたが、せっかくの祭りの日という理由で、テールと出かけることを勧められる。 2人でしばらく歩いていた時、ジョナは、子供のころ、大人になったらジュエルの祭りは家族と過ごしたいと強く思っていた、と話した。今日のことは、にぎやかで本当に大勢の家族がいるように思え、こんなに楽しいジュエルは初めてだと語った。 テールはジョナからマフラーを受け取ったが、彼は何もプレゼントがないことを申し訳なく思った。しかし彼女は、女神様がもっといいものを持ってきてくれたと嬉しそうだった。

2人で町に行ったとき、彼女に熱があることに気づく。 テールは、ジョナの具合が悪いことに気づかなかったこと、早く帰らなかったことを後悔した。 近所の病院は休診日だった。近所の人が言うには、ひとつ隣の湾に行かないと開いている病院はないという。 そのとき、サンゴロウが来た。彼はいっしょに来ていた医者の女性・コノミに診てくれと指示し、一同は彼女の診療所に向かった。コノミによるとジョナの病気はカレハ熱という伝染病だった。 テールは、薬を飲んで寝ているジョナの額を氷水にひたしたタオルで拭いながら、弱音を吐かずにいつも無理をしていた彼女の命が燃え尽きないように祈った。 ジョナは、朦朧とした意識のなか、うちに帰りたいとテールにつぶやいた。しかし、それは下宿先でも孤児院でもないので、どこにあるのかわからなかった。

そのとき、マーレがやってくる。彼は警察手帳のようなものを見せ、「禁制品の不法取引と不法所持」でサンゴロウを逮捕すると告げた。彼の正体は港湾管理局の捜査官だった。 マーレは、「禁制品の不法取引について捜査していること」、「使用が禁止されている危険な薬品がアーケード裏の闇市で取引されていること」「その密売には、客の秘密を守るために荷物の中身を確認しない、ドルフィンのような宅配便が利用されていること」について説明した。 マーレによると、「テールを利用して、おとりの荷物を密輸の中継地点である海ホタルの館まで運ばせて、受け取りに来た人を逮捕する予定」だったという。しかし、サンゴロウが途中で荷物を奪ったことは想定外だった。 サンゴロウは、荷物を取り出した。それは細長いガラス瓶に入った濃い青色の液体だった。それは三滴で致死量に達する毒だという。 この液体は、三年ほど前、サンゴロウが危険なものだと知らずにアーケードで売った薬草の加工品だった。危険だとわかってからすぐに買い戻し、処分したが、残ったものだった。 サンゴロウはこの液体を、遠い海の深い場所に捨てる予定だった。 マーレが、サンゴロウにその薬草をどこから持ち込んだのか詰問したが、彼は言わなかった。 それでマーレは、手のひらをサンゴロウの胸に向け、目を閉じた。手のひらから出た光がサンゴロウを包み込み、光が消えた。 サンゴロウはこの能力は「光の右手」であり、マーレが「光つかい」の一族かと尋ねた。それは正しいらしい。 マーレはサンゴロウの心を読めなかったとわかる。 サンゴロウは、光つかいは右手で透視や読心、左手でそれらを封印する能力があるが、能力を使うたびに寿命を縮めることを語った。 命を削ってでも能力を使う理由を聞かれたマーレは、「その能力を使えるのは自分だけだから自分がやるしかない」「たとえ違法行為にどんな理由があったとしても、それを取り締まるのが自分の仕事である」と強く言った。 それを聞いたサンゴロウは、小瓶をマーレに託した。 マーレはジョナに能力を使い、よくないものをより分けて封じたという。彼女のふるえは収まり、熱が下がりはじめていた。

ジョナをコノミのところにあずけて、3人は町はずれの広場に向かった。そこでは飾り物を燃やすためのかがり火がたかれていた。 マーレは小瓶を火にかざしたあと、その中身を火に投げ込んだ。周りの人はそれを祭りの花火だと勘違いした。 毒薬を燃やしたことでサンゴロウを逮捕する理由は無くなった。 真夜中を過ぎた港で、うみねこ船の封印が解除したマーレは、2人に逃げなかった理由を尋ねた。サンゴロウは単に「置いていけなかったから」とだけ答えたが、それが船のことかコノミのことかわからなかった。 テールもジョナを置いていけなかったことについて考えた。 マーレは2人に別れを告げた。 翌朝、テールはうみねこ島に帰るサンゴロウを港で見送った。彼がここに戻ってくるかどうかはわからない。

登場人物[編集]

ドルフィン・エクスプレスの社員[編集]

テール
枯草色の毛色にブルーグレイの目の猫。配達員。ヨットレースで2回の優勝記録を持つ。親がおらず、ノアにあるルチア園という孤児院で育った。
だが、そこでの暮らしがいやになり脱走の新記録を達成し、追い出された。船に何度も乗せてもらい、ついにサラについた。
ヒナコ
テールの上司で配船部長。社長夫人。
ヨク
テールの同僚。要領が悪く、成績もやっとの標準。後輩からも少しバカにされている。
田舎(北部のカガリ村)出身。子供時代、両親が出稼ぎに行っているサラからの荷物が宝物だったので配達員に憧れた。
ゴン
最年長の配達員。
マーレ
日なたでは銀色に見える毛色にくすんだゴールドの目の猫。数カ月前に入社した倉庫係。
明るく礼儀正しい。テールより年上だが、誰にでも丁寧な言葉遣いをする。

その他[編集]

ジョナ
テールの幼なじみ。現在ではノアで幼稚園の先生をしている。ルチア園にいたころは、テールのおてんばな妹のような存在だった。背が小さい。
サンゴロウ
金の混ざった青い目の黒猫。うみねこ島に住んでいる船乗り。なぜか記憶喪失になってしまい、記憶を探す目的で旅をするために、うみねこ船のマリン号を乗りこなす。最高の船乗りかつ、元最強のヨットレーサーであり、テールの憧れ・ライバル。
リオナ
黒い石の送り先の住人。経済的余裕がないことを想像させるみずぼらしい見た目。
ミヤケ・ハナ
アサギ岬で一人暮らしをしている高齢女性。もう大人のはずの息子「ミヤケ・ロミオ」を最近では子供だと勘違いするようになった。
ルキ
スリの少女。文字が読めない。
黒丸商会の社長
小柄だががっちりとした体つきの男性。本名はミヤケ・ロミオ。
チャット
ひょろりとした白猫。ドルフィンの倉庫係のアルバイトだったがすぐに会社をやめた。テールは、カモメに雇われたレーサーだと推測している。
カザミ・リン
ミントグリーンの目の月ねこ族。調香師。「かおり工房」でアロマオイルやエッセンシャルオイルを取り扱っている。
ミナミ
三日月造船の社長の子。礼儀正しくて口数が少ない。船の操縦の理解が速い。
実は使用人の子・ナミ。

用語[編集]

海王石
ヒスイ島で産出される卵型の石。宝石ほどの価値はないが売れる。
ネロ・ラプトス
名前はやまねこ族の古い言葉で「深い海にすむ竜」という意味。体色は黒い波の色に銀色のうろこ、目はトパーズ色。頭から背中にかけてと尾に魚のようなひれを持つ。
その卵は嵐の後に浜辺に打ち上げられることがあるが、拾った人の体温と鼓動を感じて孵化するので、むやみに拾ってはいけないとされる。
アステリスタ
青い星形の花。
ジュエルの祭り
三日月島の伝統行事。冬至の後の最初の満月に行われる。祭りが終わるのは深夜12時。
静かで厳かな儀式が主。シンボルは三日月の船に乗る女神で、それを模した飾りが半月前から町中で飾られている。
月ねこ族にとって、家族や親しい者同士で過ごす祝日。帰省や友人・親類のところに向かう乗客で連絡船が混雑する。
家庭ではごちそうが作られ、誰もが贈り物をしあう。この時期には「ジュエルまでに必着」指定の荷物が非常に多いので、ドルフィンは24時間体制で配達しなければいけない。

企業・団体[編集]

ドルフィン・エクスプレス
運送業者。サラの港に近いビルの1階に事務所をかまえる。ロゴマークは金色のイルカ。配達員の競争率が高い。
もとは汚い倉庫のような建物で「イルカ運輸」という社名。新社長が小口の特急貨物便「エクスプレス便」を始めてから業績をのばしたらしい。
黒丸商会
さかずき島にある商事会社。ドルフィンの配達員によると、社員が全員ナイフを隠し持っている、密輸品の宝石を保管しているなど物騒なうわさがある。
カモメ・ネットワーク
ドルフィン・エクスプレスのライバル会社。派手な宣伝と割引サービスでドルフィンの得意先を奪っている。
もとは「カモメ海運」という社名。こちらも最近になってから小型のスピードボートでの宅配便サービスを始めた。
トッポ・トイズ
三日月島一とされるおもちゃ屋。

地名[編集]

三日月島
主な舞台となる島。
サラ
三日月島の都市。大型客船や貨物船がひっきりなしに出入りするような港がある。
ノア
三日月島の西側にある小さな田舎町。
セイム
サラより西にある地区。小さな港がある。
アサギ岬
三日月島の地名。大昔に高波の被害があったからか住人は高台で暮らしている。
ヒスイ島
三日月島の南西に位置する小島。小さな漁港がある。
うみねこ島
三日月島からは高速客船で丸一日かかる距離にある。
太陽電池を組み込んだ独特な設計の船が伝統的に使用されている。

船舶[編集]

エクスプレス船
ドルフィン・エクスプレスで配達に使用されている、小型のスピードボート。会社の持ち物。テールが使用しているのは4号船、ヨクは9号、ゴンは2号。
サンゴロウのうみねこ船
動力付きの帆船。帆は白色。精密な自動コンパスや太陽エネルギーの補助エンジン(電気推進船かどうかは不明)、太陽電池を積んでいる。
ホワイト・テール号
1人乗りの小型レーシングヨット。テールが過去に使用していた。スピード重視の設計のためか、安定性はよくない。
チャットのエクスプレス船
カモメネットで配達に使用されているスピードボートをレース用に改造したもの。テールによると、エンジンはそのままだが、クッションやフェンダー材を軽いものに取り換えていると推測している。乗り心地と安全性を犠牲にしている。

既刊一覧[編集]

ハードカバー〈岩崎書店
ソフトカバー〈偕成社

脚注[編集]

  1. ^ 熱狂的ファン多数の「ドルフィン・エクスプレス」シリーズが、新たな装いで待望の復刊! 「三日月島のテール」シリーズ全5巻、刊行開始。”. PR TIMES. 2024年4月24日閲覧。