トリガナ航空267便

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トリガナ航空 267便
PKYRN.JPG
コモド空港で撮影された事故機のPK-YRN(2008年)
事件・インシデントの概要
日付 2015年8月16日
概要 墜落事故、原因調査中
現場  インドネシアパプア州オクシビル英語版
南緯04度49分28秒 東経140度29分53秒 / 南緯4.82444度 東経140.49806度 / -4.82444; 140.49806座標: 南緯04度49分28秒 東経140度29分53秒 / 南緯4.82444度 東経140.49806度 / -4.82444; 140.49806
乗客数 49
乗員数 5
死者数 54 (全員)
生存者数 0
機種 ATR 42-300
運用者 トリガナ航空
機体記号 PK-YRN
出発地 インドネシアの旗 パプア州ジャヤプラセンタニ空港
目的地 インドネシアの旗 パプア州Pegunungan Bintang県オクシビル、オクシビル空港
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事故現場、出発地、到着地の位置
DJJ/WAJJ
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OKL/WAJO
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トリガナ航空267便
事故現場、出発地、到着地の位置

トリガナ航空267便(トリガナこうくう267びん)は、インドネシア東部パプア州の州都ジャヤプラにあるセンタニ空港から東部オクシビルへ向かって飛行していたトリガナ航空の定期旅客便。2015年8月16日午後にパプア州中部で消息を絶った[1]。2015年8月18日、機体は墜落し死者は54人であると発表された。この事故はATR42による事故の中で死者数が最も多いものであり、2008年にベネズエラで発生したサンタバーバラ航空518便墜落事故(死者46人)を上回る犠牲者を出した。

概要[編集]

267便は現地時間8月16日の14時21分にセンタニ空港を離陸。センタニ空港から南へおよそ280kmの地点にあるパプア州中部の町オクシビルへ、ATR 42-300、機体番号PK-YRNで飛行し、予定通りフライトすれば15時16分に目的地のオクシビルへ到着する予定だった。しかし、離陸からおよそ30分程度経過した14時55分ごろ、管制との交信が途絶え、消息を絶った。この際に救難信号などは同機から発せられなかったほか、オクシビル付近は雨や強風に見舞われていたという[2]

この報を受けてインドネシア当局等により捜索が開始された。AP通信は現地住民の証言として「低空飛行して山に墜落するのを見た」と報じた[3]

2015年8月17日、インドネシア国家捜索救難庁はオクシビル空港より北方10数km離れた山の中で遭難機とみられる残骸を発見したことを確認した[4]インドネシア国営アンタラ通信インドネシア語版が報じたところによると、残骸が発見された場所はオクシビルより約11km離れたオクソップの滝付近であるとしている[5]

2015年8月18日、AFP通信によると「生存者はいない。乗客49人(うち子ども5人)乗員5名の54人全員の遺体を発見した」とインドネシア運輸省報道官が発表した。インドネシア国家捜索救助庁長官は、救助隊は日本時間18日午前9時30分に到着し、飛行機は墜落し、完全に破壊されたと述べた[6]

事故の原因[編集]

乗客・乗員[編集]

乗客乗員54名 大人44名、子供5名、乗員5名[1]

脚注[編集]