トトメス3世

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トトメス3世像(ルクソール博物館蔵)。
トトメス3世像(エジプト考古学博物館蔵)。

トトメス3世(Thutmose III)は、古代エジプト第18王朝6代目のファラオ(在位:紀元前1479年頃 - 紀元前1425年頃)。

名前[編集]

即位名はメンケペルラー、意味は「ラー神の顕現は永続なり」である。

生涯[編集]

父はトトメス2世、母はイシス英語版

父王トトメス2世によって後継者に指名されていたが、幼くして父王が亡くなったため、継母ハトシェプストが即位、全権を掌握することになる。治世の前半は、ハトシェプストの補佐という形でしか政治を行えず、大半の時間を軍隊で過ごしたと伝わる。 この時期の経験から高い軍事的能力を身につけ、ハトシェプストの退位後となる治世の後半はハトシェプスト時代の外交を改めて周辺諸国に遠征し、国威を回復、エジプト史上最大の帝国を築いた。ことにメギドの戦いでの大勝で名高い。その積極的な外征と軍事的偉業から、「エジプトナポレオン」と呼ばれることも多い。

実権を掌握してからはハトシェプストの存在を抹殺しており、ハトシェプストの名前や肖像を軒並み削り取った。 これには「恨みによるもの」とした説と「女王の前例を残さないよう、即位した事実を抹消する為」とした説がある。

これにはまた、ほかの見方として提言された説もある。つまり、トトメス3世は、いかなる悪意をもってしても、ハトシェプストの過去的存在と、その地位を抹消したのではないというものである。カルナック神殿の大々的な増改築のため、前女王の築いたものも解体し、拡大再建築する為にといった前提名分があり、その下でなされた現場作業上の再利用処置であったとしている。したがって、トトメス3世は、何らかの下心をもって抹消すべき指示を下したものではないと見る。

彼は、共同統治の折りには、内政国策からの治世は女王に任せれば良しとし、自らは外部国外事情などしっかり把握し、軍事を良くし、英気と実力を養うことで大いに自らを培い、邁進充足し、何ら禍根となりうる相互のわだかまりもそこにはなかったと解釈されている。が、しかし王国財政面での双方の折り合い、協力には何らかの言い分、主張の不一致があったかも知れない。

先代:
ハトシェプスト
古代エジプト王
127代
前1479 - 前1425年
次代:
アメンホテプ2世