ストーカー (1979年の映画)

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ストーカー
Сталкер
監督 アンドレイ・タルコフスキー
脚本 アルカージー・ストルガツキー
ボリス・ストルガツキー
出演者 アレクサンドル・カイダノフスキー
音楽 エドゥアルド・アルテミエフ
撮影 アレクサンドル・クニャジンスキー
編集 リュドミラ・フェイギノヴァ
公開 ソビエト連邦の旗 1979年8月
日本の旗 1981年10月31日
上映時間 164分
製作国 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
言語 ロシア語
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ストーカーロシア語: Сталкер英語: Stalker)は、1979年ソビエト映画。ストルガツキー兄弟による小説『路傍のピクニック』を原作とし、アンドレイ・タルコフスキーが監督した作品である。

人間の本性と欲望、信仰や愛を通じての魂の救済を描く。『惑星ソラリス』に続くSF映画であるが、未来的な描写や派手な演出は全くと言っていいほどない。実際、この映画においてSF的設定と言えるのは、冒頭の“ノーベル賞受賞者ウォーレス博士がRAI記者に語った言葉”を示す短い字幕だけである。これは、タルコフスキーが最初に原作に注目し、副収入を得るべく“他の監督のために”脚本化してもいいと考えた1973年初めから、彼自身にとって“最も調和のとれた形式をとりうる”構想と見なし始め、“合法的に超越的なものに触れる可能性”を見出し始めた74年末から75年初め、そして2度の撮影を経て最終的なヴァージョンに至るまでの間に、タルコフスキー自身の構想自体が大きく変わった結果である。

前後二部構成になっており、物語が展開する時間は、明示されているわけではないが一昼夜であると思われる。タルコフスキーのこれ以前の作品と比べても長回しが多く、現実的な時間の持続を強調している。タルコフスキーの他の作品同様、「」が重要なモチーフとして登場するが、それまでの作品とは異なり、重油と思われる油が浮いていたり文明の遺物が底に沈んでいたりして、美しくはない。場面ごとに微妙に変化する色調や冒頭でストーカーが登場するシーンのカメラワークに、中世ロシアのイコンの規範が影響しているという研究者もいる。後半には特有の難解な台詞回しが見られる。

2002年公開の同名映画『ストーカー』とは無関係である。また、後に犯罪とされる「ストーカー」という言葉が日本語に定着する前の映画である。ロシア語の原題も英語をそのまま使っていて、この場合の意味は「密かに獲物を追うハンター」くらいの意味である。

ストーリー[編集]

ある地域で“何か”(隕石が墜落したとも言われる)が起こり、住民が多数犠牲になり、政府はそこを「ゾーン」と呼んで立ち入り禁止にした。しかし、ゾーンには願いが叶うという「部屋」があると噂され、厳重な警備をかいくぐって希望者を「ゾーン」に案内する「ストーカー」と呼ばれる人々がいた。

ある日、ストーカーの元に「科学者」と「作家」と名乗る二人の男性が、その「部屋」に連れて行ってくれと依頼する。だが、命がけで「ゾーン」に入った後も、予想のつかない謎の現象(乾燥室、肉挽き機)で命を落とす危険が待っている。その道行きの中、「ゾーン」とは何か、「部屋」とは何か、信仰とは何かを3人は論じ合う。

ストーカー自身は「部屋」に入ったことがあるのかと訊かれ、それは禁忌だと答える「ストーカー」。彼の先輩で「山嵐」と呼ばれたストーカーが居たが、死んだ弟を蘇らせるために「部屋」に入る。だが帰った山嵐が得たのは莫大な札束だった。「自分が本当に望むもの」がそれだったと言う事実を「部屋」に突きつけられた山嵐は自殺した───と言う逸話を「ストーカー」は語る。

その果てに「部屋」に辿り着いた3人だが、科学者は部屋が何者かに悪用されるのを防ぐため、持参した小型核爆弾で部屋ごと破壊しようとする。必死で止める作家とストーカーだが、ストーカーは自分の役割に対して自暴自棄になり、作家も疑心暗鬼で「ここは願いを叶える部屋なんかじゃない、その人の心の深奥の最も醜い欲望を物質化するだけの部屋に過ぎない」と喝破する。結局、誰一人「部屋」に入ろうとはしなかった。

生きて帰ってきたストーカーを優しく迎え入れる妻。ストーカーは疲れ切り、再び絶望を口にする。そして足の不自由な娘に、ある変化が起きる。

キャスト[編集]

制作[編集]

「ゾーン」の描写が、小説の執筆後、かつ映画の制作後の1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原子力発電所事故に似ている。この辺の事情は、ロシアの評論家が、パステルナークの一節、「詩人に欠員が出たら大変な事だ。仮にその席が埋まったにしても。」を引用し、タルコフスキーの『天使性』に言及している。[要出典]

ただし、タルコフスキーに預言者的・宗教的な芸術家を見ようとする見方自体は、芸術家のメシア的使命を強調する19世紀以来のロシアの文化的伝統にもとづくものとも言え、実証性には欠ける。実際には『ストーカー』の撮影はタルコフスキーの全作品中、最も準備不足の状態で始まり、スタッフとの軋轢や脚本の全面的な書き換えもあってトラブル続きであった[1]

脚注[編集]

  1. ^ 西周成著『タルコフスキーとその時代―秘められた人生の真実』、ISBN 978-4-434-15489-8、アルトアーツ/星雲社、2011年、pp.131-140.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]