ザ・ヴァイパー・ルーム

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ザ・ヴァイパー・ルーム
Viper Room.jpg
サンセット・ストリップに位置するザ・ヴァイパー・ルーム
情報
種別 ナイトクラブ
音楽ジャンル ロック
開館 1993年
収容人員 250人
所在地 カリフォルニア州ウェスト・ハリウッド サンセット大通り8852番地
位置 北緯34度5分25.7秒 西経118度23分4.8秒 / 北緯34.090472度 西経118.384667度 / 34.090472; -118.384667座標: 北緯34度5分25.7秒 西経118度23分4.8秒 / 北緯34.090472度 西経118.384667度 / 34.090472; -118.384667
公式サイト http://www.viperroom.com
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ザ・ヴァイパー・ルーム (The Viper Room) は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ウェスト・ハリウッドサンセット・ストリップ (Sunset Stripにあるナイトクラブ1993年の開業から、2004年まで、俳優ジョニー・デップが所有権の一部をもっていた。このクラブはハリウッドのエリートたちが顔を出すことで有名になっており、1993年リヴァー・フェニックスが薬物の過剰摂取でハロウィンの日の朝に死亡した場所でもある。ザ・ヴァイパー・ルームの所有関係は何度も変遷を経ているが、その間も一貫して、メタルパンク・ロックオルタナティヴ・ロックなど、様々なジャンルのホットな音楽が演奏される場であり続けている。

「ヴァイパー (viper)」とは、クサリヘビ科ヘビ、ないしは、一般的に毒蛇を指す言葉であり、「ザ・ヴァイパー・ルーム」は「毒蛇の部屋」といった意味になる。

現在このクラブが存在する場所には、以前は「ザ・セントラル (The Central)」という店があったが、これは閉店してしまい、長年そこで演奏を続けていたチャック・E・ワイス (Chuck E. Weiss) は、デップにこの店を「ザ・ヴァイパー・ルーム」と改称して復活させようと持ちかけた[1]。この再開発の件には、トム・ウェイツも関わりを持っていた[2]

沿革[編集]

演奏会場[編集]

開店の年に起こったリヴァー・フェニックスの死にも関わらず、このクラブはハリウッドで最も人気のある若い俳優やミュージシャンたちの溜まり場であり続けている。常連客には、ジェニファー・アニストンリサ・マリー・プレスリージャレッド・レトクリスティナ・アップルゲイトアンジェリーナ・ジョリーロザリオ・ドーソントビー・マグワイアレオナルド・ディカプリオらがいる。カウンティング・クロウズのリード・シンガー、アダム・デュリッツ (Adam Duritz)は、バンドが急に有名になったことから逃避するため、1994年の遅い時期から1995年はじめにかけて、ザ・ヴァイパー・ルームでバーテンダーとして働いていた[3]

ザ・ヴァイパー・ルームのオープニングの夜には、デップのリクエストで、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ (en:Tom Petty and the Heartbreakers) が演奏した。[要出典]ザ・ヴァイパー・ルームは、メタルやパンク・ロックのバンドもしばしば取り上げ続けている。ドゥームメタルのスーパーグループであるシュラインビルダー (Shrinebuilder) の米国初ライブは、2009年に、Club My War(ほぼひと月にわたって多くのバンドがザ・ヴァイパー・ルームに出演するイベント)の一環としてこのクラブで行なわれた[4]

映画[編集]

1983年の映画『ヴァレー・ガール (Valley Girl)』で、当時まだザ・セントラルだったこの建物は、ニュー・ウェーヴのバンド、プリムソウルズ (The Plimsouls) がフィーチャーされた場面で使用されていた。オリバー・ストーン監督の映画『ドアーズ』(1991年)では、かつてウェスト・ハリウッドにあったロンドン・フォグ (London Fog) を描いた場面のロケーション撮影現場となった。ロンドン・フォグは、ウィスキー・ア・ゴーゴーの隣にあったさほど知られていないナイトクラブであるが、1966年はじめ、初めてのレギュラー出演の機会を得たドアーズは、ここに4か月間出演したのであった[5]

2004年ドキュメンタリーDig!』では、ブライアン・ジョーンズタウン・マサカー (the Brian Jonestown Massacre) のメンバーが、ステージでの演奏中に大喧嘩を始める場面が、ザ・ヴァイパー・ルームで撮影されている。

所有関係[編集]

2001年、共同所有者のひとりであったアンソニー・フォックス (Anthony Fox) が失踪し、これに絡んで行なわれた訴訟の結果、デップは2004年にザ・ヴァイパー・ルームの持ち分を手放した[6]2008年はじめまで、このクラブはダリン・フェインステイン (Darin Feinstein)、ビーヴァン・クーニー (Bevan Cooney)、Blackhawk Capital Partners, Inc. によって所有されていた。現在、このクラブを所有しているのは、ハードロックカフェの共同創業者のひとりピーター・モートンの息子で、ピンク・タコ (Pink Taco) の社長兼CEOであるハリー・モートン (Harry Morton) [7]と、ダリン・フェインステインである。モートンは、このきらびやかなサンセット・ストリップのクラブを、世界的にフランチャイズ展開させ、世界中に「ザ・ヴァイパー・ルーム」の名を冠したライブ演奏会場を開くことを計画しているとされる[8][9]

以前は、オハイオ州シンシナティにも、同名の「ザ・ヴァイパー・ルーム」というナイトクラブがあった。このクラブは、ウェスト・ハリウッドのザ・ヴァイパー・ルームから名称の使用中止を求められ、2006年1月1日から「ザ・ポイズン・ルーム (The Poison Room)」と改称した[10]オレゴン州ポートランドにある、また別の「ヴァイパー・ルーム」も、名称の使用を中止しないと商標権侵害で訴えると通告されており、ダリン・フェインステインは「奴らの稼ぎは全部、俺たちの名前を使っている結果なんだ」と述べている[11]オーストラリアブリスベンには、合法的な売春宿 「ザ・ヴァイパー・ルーム」がある。この他にも、スウェーデンストックホルム[12]や、「イギリスハロゲート ( Harrogate)、オーストリアウィーンにも同様の名称のナイトクラブがある」という。2009年2月まで、オーストラリアのメルボルンにも同名のナイトクラブがあったが、2度の銃撃事件を含む暴力沙汰が重なり、営業許可をめぐる不正や、共同所有者のひとりの薬物関係による逮捕などもあって、閉店してしまった。2011年4月16日、「ザ・ヴァイパー・ルーム」というナイトクラブがオランダナイメーヘンに開店した。このクラブは、ハリウッドのクラブから名付けられ、本家と同じ様式で装飾されている [13]

出典・脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]