ザントハウゼン

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紋章 地図
(郡の位置)
COA Sandhausen.svg Lage des Rhein-Neckar-Kreises in Deutschland.png
基本情報
連邦州: バーデン=ヴュルテンベルク州
行政管区: カールスルーエ行政管区
郡: ライン=ネッカー郡
緯度経度: 北緯49度20分38秒 東経08度39分29秒 / 北緯49.34389度 東経8.65806度 / 49.34389; 8.65806座標: 北緯49度20分38秒 東経08度39分29秒 / 北緯49.34389度 東経8.65806度 / 49.34389; 8.65806
標高: 海抜 107 m
面積: 14.55 km2
人口:

15,339人(2020年12月31日現在) [1]

人口密度: 1,054 人/km2
郵便番号: 69207
市外局番: 06224
ナンバープレート: HD
自治体コード:

08 2 26 076

行政庁舎の住所: Bahnhofstraße 10
69207 Sandhausen
ウェブサイト: www.sandhausen.de
首長: ゲオルク・クレッティ (Georg Kletti)
郡内の位置
Sandhausen in HD.svg
地図

ザントハウゼン (ドイツ語: Sandhausen) はドイツ連邦共和国バーデン=ヴュルテンベルク州ライン=ネッカー郡に属す町村(以下、本項では便宜上「町」と記述する)。ハイデルベルクの南約8kmに位置する。

地理[編集]

位置[編集]

ザントハウゼンはライン=ネッカー大都市圏に属し、ハルトヴァルトとクライヒガウの間のオーバーライン地溝帯内の低地に位置する。町内をハルトバッハ川、ライムバッハ川、あるいはその他の小川が流れ、町域の47%近くが森林である。町の南部には自然保護地域に指定されている砂丘、ザントハウゼン砂丘がある。

隣接する市町村[編集]

北はハイデルベルクのキルヒハイム区、東はライメンのザンクト・イルゲン区、南はヴァルドルフ、南西はライメンの無人の飛び地、西はオフタースハイムと境を接している。

自治体の構成[編集]

ザントハウゼンは、中核地区の他、南西部のザントホイザー・ホーフ、1928年に合併した北西部のブルーフハウゼンからなる。

歴史[編集]

ザントハウゼンは、1262年に「Santhusen」として初めて文献に記録されている。名前は町内にある氷期の砂丘に由来している。ローマ帝国時代には既にロッホハイムと呼ばれる入植地がこの町の領域にあった。ザントハウゼンの西に城跡があるが、この城主は自由貴族のブルーフ家であった。後にブルーフ家は領主権を行使するようになった。オットー・フォン・ブルーフザールは1262年にこのレーエンライン宮中伯ルートヴィヒに委託した。

1351年プファルツ選帝侯はザントハウゼンの領主権を購入し、この村をキヒハイマー・ツェント、その後オバーアムト・ハイデルベルクに編入した。1462年マインツ司教フェーデ三十年戦争プファルツ継承戦争では1689年にザントハウゼンは破壊された。フランス革命後、大同盟戦争の成り行きからザントハウゼンはバーデン領となり、1803年帝国代表者会議主要決議によりこれが確定した。

1727 1777 1818 1852 1905 1939 1961 1965 1970 1991 1995 2005 2010 2015 2017 2019
人口 293 620 1,075 1,693 3,556 4,820 7,871 8,925 10,207 13,331 13,702 14,274 14,542 14,902 15,024 15,175

行政[編集]

議会[編集]

ザントハウゼンの議会は22人の議員で構成されている。

首長[編集]

  • 1954年 - 1981年: ヴァルター・ラインハルト
  • 1981年 - 2005年: エーリヒ・ベルチュ
  • 2005年 - : ゲオルク・クレッティ (CDU)

紋章[編集]

図柄: 左右二分割。向かって左は青と白の菱形格子で、これは旧領主のプファルツ選帝侯の紋章に由来する。向かって右は銀地に3本の広葉樹で、森の多いザントハウゼンのシンボルである。この紋章は1698年の印象に由来し、1900年にバーデンのゲネラルランデスアルヒーフの認可を得た。旗は、白 - 青である。[2]

友好都市[編集]

文化と見所[編集]

旧町役場
旧シナゴーグ

スポーツ[編集]

サッカークラブ SVザントハウゼンは、2008年/2009年のシーズンは3部リーグでプレイしている。

建築[編集]

町の中心に、レージュ・キャップ・フェレ広場があり、1909年に建設されたユーゲントシュティール様式の学校が建っている。旧町役場は1742年から郷土博物館として使われている。

シナゴーグは、1757年に改革派教会の教会堂として建設された。この宗派が衰退した後ユダヤ教会が購入し、シナゴーグとして利用した。1875年にユダヤ教徒の多くが移住したことなどで解散した後、この建物は現在文化的な催しに利用されている。

プロテスタントのキリスト教会は、ザントハウゼンの一番高い場所に建てられた1866年に完成した建物である。

カトリックの聖バルトロマイ教会の長堂ドイツ語版は1767年の建築。翼廊と鐘楼は1896年の拡張時に増築された。カトリックの主教会である三位一体教会は、1968年に近代的な様式で建設された。

経済と社会資本[編集]

経済[編集]

昔は、ザントハウゼンはホップ栽培の町であった。現在では展示用の農場施設が一つあるだけで、毎年ここで採れたホップを用い、プランクシュタットのヴェルデ・ブロイがザントハウゼン・スペシャル・ビールを造っている。もう一つの重要な作物はタバコである。現在栽培されているのは、ブルーフハウゼンの外れにあるタバコ工場で用いるものである。

ザントハウゼン住民のほぼ89%がこの町の外にある職場で働いており、毎日通勤している。[3]

交通[編集]

ザントハウゼンの西を連邦アウトバーンA5号線、東側をA3号線が走っている。ザンクト・イルゲンには、ラインネッカーSバーンのザンクト・イルゲン/ザントハウゼン駅がある。ハイデルベルク、ライメン、ヴァルドルフへのバス路線もある。ザントハウゼンはライン=ネッカー交通連盟のサービス提供エリアに含まれている。

学校[編集]

通常の基礎課程学校、本課程学校、実業中学校の他に、フリードリヒ・エーバート・ギムナジウム、ペスタロッツィ養護学校、音楽学校「ジュートリヘ・ベルクシュトラーセ」がある。

メディア[編集]

日刊紙としては、Rhein-Neckar-Zeitungがある。この他に地方紙のRheinNeckarWebやWochen-Kurierがある。

人物[編集]

出身者[編集]

  • マルクス・フリードリヒ・ヴェンデリン(1584年 - 1652年) 改革派の神学者、教育者
  • エドムント・カウフマン(1893年 - 1953年)政治家

引用[編集]

  1. ^ Statistisches Landesamt Baden-Württemberg – Bevölkerung nach Nationalität und Geschlecht am 31. Dezember 2020 (CSV-Data)
  2. ^ Herwig John, Gabriele Wüst: Wappenbuch Rhein-Neckar-Kreis. Ubstadt-Weiher 1996, ISBN 3-929366-27-4, S. 100
  3. ^ バーデン=ヴュルテンベルク州統計局 2006年6月30日現在

参考文献[編集]

  • Staatl. Archivverwaltung Baden-Württemberg in Verbindung mit d. Städten u.d. Landkreisen Heidelberg u. Mannheim (Hg.): Die Stadt- und die Landkreise Heidelberg und Mannheim: Amtliche Kreisbeschreibung.
    • Bd 1: Allgemeiner Teil. Karlsruhe 1966
    • Bd 2: Die Stadt Heidelberg und die Gemeinden des Landkreises Heidelberg. Karlsruhe 1968
  • Erich Bertsch: Heimatbuch der Gemeinde Sandhausen. Sandhausen 1986, ISBN 3-920431-56-1

これらの文献は、翻訳元であるドイツ語版の参考文献として挙げられていたものであり、日本語版作成に際し直接参照してはおりません。

外部リンク[編集]